メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.07.02

TPPに関心を寄せる中国

WEBRONZA に掲載(2013年6月17日付)

 米中の首脳会談で、習近平国家主席がオバマ大統領に対し、TPP交渉の進展状況について質問し、交渉過程の透明性の確保と、交渉状況についての継続的な情報提供を依頼した。これについて、中国もTPP参加を検討しているという報道がなされている。中国がTPPに参加するかどうかは別にしても、中国がTPPに関心を持ち出したことは事実である。それは、なぜだろうか?

自由貿易協定の本質とは

 TPPは、参加国間の貿易と投資の自由化を進める自由貿易協定の一つである。自由貿易協定の本質は、排除(exclusion)または差別(discrimination)である。(これは、どの国も無差別に平等に扱うべきだとするガット・WTOの"最恵国待遇"原則の大きな例外である。)貿易について言えば、参加国内の関税は撤廃して貿易を推進するが、参加国以外に対しては、関税は維持される。

 つまり、A国とB国の間では、関税という石ころもないハイウェイの上を、モノを積んだトラックが自由に行き来できるようになるが、C国がA国やB国と貿易しようとすれば、石ころだらけのデコボコ道を通らなければならないということだ。A国とB国の自由貿易協定から排除されたC国は大変な不利益を受ける。C国はどうするか?A国とB国の自由貿易協定に参加するか、A国、B国それぞれと自由貿易協定を結ぶしかない。

 これが実際に起きているのである。日本がメキシコと自由貿易協定を結んだのは、メキシコがアメリカ、EUと自由貿易協定を結んだために、メキシコ市場に輸出しようとすると、関税を払わなくてもよいアメリカやEUの企業に比べ、日本企業が不利益となったからである。

次々にうまれるドミノ効果

 また、日本がアメリカ、EUとの自由貿易協定(アメリカとの間はTPPである)に意欲を示しだしたのは、韓国がアメリカ、EUと自由貿易協定を結んだため、日本企業が韓国企業に比べて、アメリカ、EUの市場に輸出する際に、不利になったからである。つまり、排除、差別という本質を持つ自由貿易協定は、次から次に自由貿易協定を産んでいくというドミノ効果を持っているのである。

 以上の自由貿易協定は日本が受け身に立ったものだった。しかし、最近日本の周りで起きているドミノ効果は、日本が起点となっているものである。まず、菅政権がTPPの参加検討を打ち出したと同時に、それまで日本との自由貿易協定に関心を示さなかった中国が、日中韓の自由貿易協定に乗り出した。

 さらに、これまでASEAN+3(日中韓)にこだわり、日本が主導するASEAN+6(日中韓、印、豪、NZ)に反対していたにもかかわらず、ASEAN+6を容認するようになった。ASEAN+6はその後RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnershipの略)となり、2012年11月のASEAN関連首脳会合において正式に交渉が立上げられた。

 また、それまで日本の工業製品の関税水準が既に低いことから日本との自由貿易協定に消極的だったEUも、これに前向きになり、2013年3月交渉が開始された。2011年秋野田首相がTPP参加に向けての協議を開始すると表明したとたん、カナダ、メキシコの首脳がその場でTPP参加を即断した。

中国が感じた恐怖

 中国のTPPへの関心の表明も、日本のTPP参加が生み出したドミノ効果の一つである。中国は広大なアジア・太平洋地域の自由貿易圏から排除されるかもしれないという恐怖を感じたのである。さらに、来年はアメリカとEU間の大西洋自由貿易協定の交渉が開始される。

 日本がTPPに参加し、EUとも自由貿易協定を結べば、日本、アメリカ、EUという世界の巨大市場をぐるっと結ぶ、グローバルな自由貿易圏が出来上がる。これが実現すると、輸出依存で成長してきた中国が世界の市場から排除されることとなる。中国はTPPに関心を持たざるをえなくなったのだ。

 しかし、はたして中国はTPPに参加できるのだろうか?結論から言うと、現状では困難である。まず、自動車や電機製品などの関税を撤廃しなければならない。投資についても、一定比率以上の外資の資本参加は認めないとか、中国企業への技術移転を要求するなど、海外企業が投資する際に課している様々な制限を撤廃しなければならない。

 また、低い環境や労働の基準で国際競争力を向上させることを防止しようとする、TPP"貿易と環境"章や"貿易と労働"章の規律を受け入れなければならない。さらに、アメリカがTPPにおいて優先課題と位置付けている"国営企業に対する規律"を受け入れなければならない。

重要な国営企業に対する規律

 このなかで重要なのは、国営企業に対する規律だろう。

 実は、中国自身にとって国営企業改革が大きな課題となっている。TPPは外圧として作用する。また、アメリカの狙いは中国の封じ込め(containment)ではない。TPPで国営企業に対する規律も含め、高いレベルのルールや規律を作り、将来入ってくる中国にこれを適用しようとしているのである。

 中国のTPP参加は、中国にとってもアメリカにとっても利益になる。すぐには参加できなくても、TPP交渉が今年あるいは来年終了した後に、新規加盟国としてTPP参加を申請することになるだろう。

 このときに、農業問題のために、日本がTPP交渉から撤退する、またはTPPに参加しないとすれば、日本は世界の市場から排除されることを覚悟しなければならない。そのような選択肢が日本にあるのだろうか?