コラム  外交・安全保障  2013.06.25

中国との安全保障対話(シャングリラ・ダイアログ)

 5月31日から6月2日までシンガポールで開かれた「アジアの安全保障に関する対話」に参加させてもらった。今回は第12回目、参加者の数は3百人を超えており、ベトナムのグエン・タン・ズン首相が基調演説を行なった。その他のアジア諸国については、日本、韓国を含め国防相が参加した国が多かったが、中国は戚建国副総参謀長が代表であった。域外からは米、加、豪、NZ、仏、独、英、スウェーデン、EUなどが来ていた。

 この会議は、実際には、中国と国際社会との安全保障対話である。印象では、中国を直接的、間接的に意識した議論が半分どころか3分の2くらいを占めており、質問も中国に対するものが圧倒的に多かった。中国の軍事戦略や行動を称賛するものは少なく、ほとんどは中国に多少なりとも批判的であったが、戚副総参謀長はどの質問にもよどみなく答えていた。

 全体的にかなり率直な対話であったと評することができる。ベトナム首相が、この地域の安全維持に責任を持つ大国(major power)は国際法を順守する必要があるなど、強く中国の軍事行動を意識した発言を行なうと、中国の人民解放軍軍人(女性)は、すかさずフロアから、「具体的に大国がどのような国際法違反を犯しているか説明してほしい」と反撃していた。
 戚建国副総参謀長が、「最近、この地域の安全が脅かされる事態が生じている。中国は対話と平和的方法で問題を解決する方針である」と政治的意図を感じさせる発言をすると、「中国軍の実際の行動は、平和的に解決するという説明と矛盾しているのではないか」という質問が会場から出た。これに対して戚副総参謀長は、「歴史を見れば答えは明らかである。過去30年来中国は軍事力を行使したことはない。しかし、ほかの国は違う。軍事力を行使している国がある」とやり返した。また、戚副総参謀長は、中核的利益をあくまで防衛すると居丈高な主張を繰り返した。「中国はなぜ仲裁を利用しないのか」に対しては、「中国はバイラテラルで解決することを一貫した方針としている。主権を持つ国同士が話し合って初めて解決できる」、核兵器については「先に使わないのが中国の一貫した立場であり、今般の白書でも明記している」と決まり文句で対応していた。
 戚副総参謀長の発言に新味はなく、中国以外の参加者が積極的評価を下したとは思われないが、この会議は各国の防衛担当者、研究者、報道関係者が中国のハイレベル軍人と公開の場で率直に対話する貴重な機会であり、その重要性は高まる傾向にあるようである。

 中国にとっては、批判的な発言にさらされるのは事実であるが、東南アジアを重要視している姿勢を示しながら、中国軍に対する批判のガス抜きをするというメリットがあるので、ハイレベルでの参加を続けているものと思われる。一時中断していた国防相の参加も再検討すると説明していた。
 米国のヘーゲル長官の演説は、同盟諸国との協力の重要性をしっかり強調しながら米国の軍事予算削減方針の下での米軍の再展開(rebalancing)を論じ、中国に対しては、地域の安定への貢献や米中間軍事協力の一層の進展が必要であると、全体的に積極的なトーンで発言しつつ、「現状に不満だからといって力で変更しようとすることは許されない」「サイバー攻撃については中国の軍や政府が関与したようだ」と辛口を交えていた。

 なお、米国は、43人という参加者数(最多。次に多かったのは日本とオーストラリアで19人、中国は17人であった)が示すごとく、この対話に強い関心を示していたが、そのうちの12人の制服軍人は発言を求めることはなく、ただ静かにフォローしている感じであった。会議場の外では種々活動していたものと推測される。
 日本の小野寺防衛相は、強い日本を目指す安倍政権の姿勢を説明するなかで、右傾化しているという見方はあたらない、と指摘しつつ、過去の問題については歴史の事実を謙虚に受け止めている、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明すると述べるなど微妙で複雑な問題を明快に説明した。この演説に対し数人の参加者から讃辞が寄せられたことを記しておく。
 尖閣諸島問題については、中国の戚副総参謀長は、「この問題について20年前に鄧小平が賢明な戦略を示した。我々の世代では解決が困難であろうが、後の世代の知恵で解決を図るのがよい」と従来からの立場を繰り返しただけであったが、各国の報道では中国が再び「棚上げ論」を述べたとしてかなり注目されたようである。

 なお、戚副総参謀長は、「沖縄について、一部の新聞が一部学者の意見を報道しているが、中国政府の見解でないので安心してほしい」と、沖縄問題に議論が拡大することを中国として望んでいないことを示す一方で、「尖閣諸島と沖縄は別問題である」「サンフランシスコ平和条約に中国は参加しなかったので、拘束されない」などと述べるなど、日本政府が根拠としている法的立場を中国は認めないという態度を見せていた。