メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.06.14

アベノミクスの成長戦略

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2013年6月11日放送原稿)

1.第三の矢の成長戦略が出されましたが、これについてどう評価しますか?

 評価すべきことから、話したいと思います。民主党政権では、小泉政権時代の市場重視の経済政策が国民の間に格差を生じさせたという批判から、どちらかというと、成長を実現するよりは、利益や負担の不均衡、所得格差などを是正すべきだという政策に重点が置かれてきたという印象があります。表向きの政策目的や実際の効果は別として、こども手当や農業の戸別所得補償などは、所得配分の側面を多分に持った政策だったと思われます。

 これに対して、安倍政権は、所得分配よりも経済の成長に重点を置いているという印象があります。つまり、経済のパイを大きくすることによって、国民の所得を増やしていこう、そうすれば貧しい人の所得も増えるというのが、安倍政権の考え方ではないかと思われます。デフレや低成長から脱却しようとするものです。これは1960年に成立した池田内閣と似ています。池田内閣は60年安保で岸内閣が倒れた後、極力政治的な対立につながるような政策は避け、経済重視の政策を展開しました。今回の安倍内閣の成長戦略でも、7月の参議院選挙の前までは、憲法改正などの政治問題は避けて、安全運転したいという意図が見えますし、池田内閣の所得倍増計画にならったスローガンが多く見受けられます。

 この成長重視という方向は評価できるものだと思います。第一の矢の金融緩和と第二の矢の財政発動は、縮んでいる経済をいま現在持っている能力、キャパシティを最大限発揮できるところまで持っていこうとする政策です。第三の矢の成長戦略は、経済のキャパシティ自体を大きくしようという政策だといえます。先週私は来日した海外の投資家の人たちから、成長戦略をどのように評価するのかという質問をたくさん受けました。これは民主党政権時代にはなかったことです。海外も注目しているのです。


2.評価できないところは、なんでしょうか?

 成長戦略では、様々な分野で所得を拡大するとか、輸出を促進するとか、数値目標が設定されています。3年間で民間投資70兆円を回復、2020年に、インフラ輸出を30兆円に拡大、外国企業の対日直接投資残高を2倍に拡大、農林水産物・食品の輸出額を1兆円にする、10年間で、世界大学ランキングトップ100に10校ランクインする、1人当たり所得を10年後に150万円増加させるなどです。そのための、具体的な政策もたくさん列挙されています。しかし、数値目標と具体的な政策との関連がよくわかりません。一見よさそうな政策が並んでいるのですが、はたして、それで目標として掲げた数値が達成できるのだろうかということです。これについての十分な説明はありません。進む方向さえよければ、どんな政策でもよいではないかという考えだと、効果のない事業も実施されかねないと思います。

 もうひとつ心配なところがあります、安倍首相は、「規制改革こそ、成長戦略の『一丁目一番地』。成長のために必要であれば、どのような『岩盤』にも、ひるむことなく立ち向かっていく覚悟です。」と述べています。しかし、農業については株式会社の農地取得を認めるかどうか、医療については、現状では最新の医療技術を利用しようとすると、保険対象の診察まで含めて全額自己負担になるため、保険対象の診察とそれ以外の診察の両立を可能とする「混合診療」を認めるかどうかという問題について、切り込んだ提案はなされていません。これらは岩盤と考えられています。

 海外の投資家の人からも、参議院選挙の前は無理だとしても、選挙が終わったら、安倍政権はこのような岩盤に立ち向かえるのかという質問を受けました。


3.その農業については、所得倍増が掲げられていますが、実現は可能でしょうか?

 農業でも、農業という1次産業に加工、流通、外食、観光などの2次産業と3次産業を加えて農産物の付加価値を増加させるという6次産業化、輸出の倍増、農地を借りうけて担い手農家に貸し渡す農地集積バンクという政策が提案され、10年間で農業所得を倍増するという目標を掲げています。所得とは、価格に販売量をかけた売上高からコストを引いたものです。6次産業化で価格を上げ、輸出で販売量を増やし、農地集積、規模拡大によるコストの削減で、所得を上げようとする考えでしょう。

 しかし、残念ながら、これらの政策では農業所得倍増はできません。なぜなら、これらは過去に実施して効果のなかった政策のリメイク、お化粧直しだからです。前の安倍内閣でも輸出倍増が唱えられましたが、輸出は逆に減っています。商品に価格競争力をつけないで、販売促進活動をいくらやっても、売れないものはうれません。農地集積でコストダウンと言っても、減反政策で米価を高く維持しているため、コストの高い農家も農業を続けているので、主業農家が農地を借りようとしても、農地は出てきません。

 人口減少で国内市場が縮小する中で農業所得を倍増しようとすると、輸出しかありません。この方向は正しいと思います。日本が世界に誇る品質の農産物はコメです。そのコメの輸出は着実に増えています。減反政策を止めれば、米価は下がり輸出競争力が増えると同時に、農地が貸し出されるようになって、コストも下がります。こうするしか、農業所得を倍増することはできません。小手先の政策をいくらモデルチェンジしたからと言って、効果は上がりません。減反政策という戦後農政のかたい岩盤を崩せるか、ここに日本農業の将来がかかっているといっても、過言ではありません。