メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.04.18

農家所得倍増の自民党公約案

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2013年4月16日放送原稿)

1.自民党が今年の夏の参議院選挙の公約で、「農家所得倍増」を打ち出すと各紙が報道しています。これについて、どう評価されますか?

 背景には、TPP参加問題で、自民党の支持基盤である農家票が動揺しているのではないかという懸念があるのだと考えられます。しかし、まず、なぜ農家の所得を倍増しなければならないのかという疑問にきちんと答える必要があります。地方でもシャッター通り化した中小の商店主の所得は顧みられなくて、なぜ農家の所得だけを取り上げるのかという問題です。これは、なぜ農業への保護が必要なのかという問題といってもよいと思います。

 農業保護の理由として、これまで食料安全保障とか、多面的機能とかという事柄が挙げられてきました。確かに、食料危機が起こったときに、国内で食料を生産するために、農地を含め必要な農業資源を維持しておく必要があります。これは、食料安全保障の観点からの農業保護の必要性です。また、洪水を防止したり、水資源を維持したり、美しい景観を維持していくためには、農地を適切に維持しておく必要があります。生産性の観点からすれば劣ると思われる中山間地の棚田も、このような観点からは維持しておく必要があります。これは、多面的機能の観点からの農業保護の必要性です。

 農業がこのような役割や機能を果たしていくためには、農家の所得を確保していく必要があります。しかし、食料安全保障や多面的機能が重要だから、農業や農家を保護するのであって、農家の所得の維持向上が農政本来の目的であって良いはずはありません。例えば、農地を宅地に転用すれば、農家は豊かになります。しかし、農地がなくなるのですから、食料安全保障や多面的機能も確保できなくなってしまいます。農家所得の確保を政策に掲げる場合であっても、それは食料安全保障や多面的機能を維持向上させるものでなくてはなりません。


2.そのような観点からすれば、これまでの農業政策は、どのようなものだったのでしょうか?

 1961年に作られた農業基本法は、「農工間の所得格差の是正」を目的に掲げました。農家の所得が、勤労者世帯の所得を下回るようになったために、農家所得を向上させようとしたものでした。その目的を達成するために、農業基本法は、農業の規模拡大によるコスト削減、収益の向上を考えました。このときまでは、「零細な農業構造の改善」という戦前からの農政官僚たちの思想が生きていたのです。

 しかし、実際の農政は、米価を上げて所得を上げようとしました。池田内閣の所得倍増計画に便乗して、米価も2倍だという主張が行われました。兼業化の進展もあって、1965年頃からは、農家総所得は勤労者世帯の所得を上回るようになりました。「農工間の所得格差の是正」という目的は、農業基本法が考えた以外の手段で実現されたのです。しかし、需給と関係なく、米価を上げたために、1970年頃から深刻なコメの過剰を招くことになり、減反政策が導入されました。今では、減反政策によって米価が維持され、コメ農家の所得を保障しています。

 多面的機能のほとんどは、水田が持つ水資源かん養や洪水防止の機能です。減反政策とは、コメを作るための生産装置である水田を水田でなくそうとする政策です。減反が導入されるまで、344万ヘクタールまで増加してきた水田は、その後一貫して減少し、今では250万ヘクタールになっています。このうち、100万ヘクタールが減反の対象となっており、コメが作られているのは150万ヘクタールに過ぎません。つまり、農家所得を確保するための減反政策は、食料安全保障や多面的機能という目的を損なってきたのです。


3.今回の自民党の公約では、具体的にどのような政策が推進されようとしているのでしょうか?

 具体的な政策内容は、これからのようですが、農地を集約して大規模化し生産性の向上を図ることや、農産物の輸出を拡大することなどが検討されているようです。コメの生産量は、20年前の1,200万トンから800万トンへと3分の1も減少してしまいました。今後も人口減少で、国内市場はさらに縮小していきます。農家所得倍増どころか、日本農業は安楽死してしまいます。農地資源を確保するためにも、輸出増加は必要です。

 しかし、前回の安倍政権の時も、輸出の大幅な拡大が唱えられ、予算も人員も用意したのに、これまで輸出はほとんど伸びませんでした。国産農産物の単なる販売促進事業にとどまったからです。輸出しようとすると、価格競争力を持たなければなりません。つまり、日本農業の構造改革を行い、農産物のコスト・価格を下げ、競争力を高めていかなければならないのです。日本が持つ高品質の農産物の代表はコメです。減反を廃止して価格を引き下げるとともに、規模拡大と収量の増加を実現し、コストダウンによる競争力向上を図るべきなのです。

 これまでも、農地の集約による生産性の向上は、繰り返し唱えられてきましたが、実現はしませんでした。口だけで「攻めの農業」を唱えても、輸出は拡大しません。日本農業の競争力を阻害してきた減反政策にメスを入れる覚悟が現政権にあるのかどうか。それがなければ、農家所得の向上も食料安全保障や多面的機能の確保も難しいものとなってしまいます。