メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.04.18

TPP参加表明と農業競争力強化の齟齬

WEBRONZA に掲載(2013年3月26日付)

 安倍政権はTPP参加表明とともに、農業の競争力強化を掲げている。2月18日の産業競争力会議で、安倍総理は、「農業を成長分野と位置付けて産業として伸ばしていきたいと思います。特に、農業の構造改革の加速化、農産品・食品の輸出拡大であります(中略)。日本の農業は弱いのではないかという思い込みを変えていくということが重要ではないかと思います。」とあいさつしている。国会の答弁でも、TPP参加と関連して「攻めの農業」が語られている。

 しかし、この両者の間に齟齬はないのだろうか?自民党は、コメ、麦、牛肉、豚肉、乳製品、砂糖やでんぷんなどを重要品目として位置づけ、TPP交渉において、関税撤廃の例外を要求し、実現できなければ、交渉から脱退すると決議している。もし、安倍総理が主張するように、日本農業が弱くないのであれば、堂々と関税撤廃に応じればよいのであって、その例外を主張する必要はない。もし、日本農業が弱くて関税撤廃に耐えられないため、TPP交渉でその例外を実現するか、できなければ脱退するというのであれば、現状のままでよいというものであり、特段強くする方策を検討する必要はない。

 私は、意地悪な疑問を提起しているのだろうか?ある人は、「そうではないのだ。日本農業は衰退が激しいので、TPP参加いかんにかかわらず、強化策を講じなければならない。」と主張するだろう。確かに、そうだろう。しかし、その強化策とは何だろうか?

 「攻めの農業」という言葉は、小泉政権時代から唱えられてきた。前回の安倍内閣では、2013年までに農林水産物・食品の輸出を1兆円に拡大することを目標として掲げ、これを安倍総理の所信表明でも高らかに打ち上げた。農林水産省は、輸出促進室という専門のセクションを作り、毎年多額の予算を活用して、輸出振興に努めてきた。2013年度予算でも、輸出振興に18億円もの予算を計上している。しかし、実際には、2007年の5,160億円から2012年には4,493億円にむしろ減少している。政策効果は全くなかったのである。むしろ費用対効果はマイナスである。懲りない農林水産省は、今では、目標年次を変更し、2020年までに農林水産物・食品の輸出を1兆円とする目標を掲げている。

 なぜ、役人の汗と国民の血税が、砂漠に水をまくように、ただただ消えて行くのだろうか?それは、これまでの輸出支援事業が、単なる販売促進事業に過ぎなかったからである。競争力のない商品は、たとえ短期的に販売促進事業によって輸出できたとしても、長期的に輸出を継続することはできない。

 輸出しようとすると、品質面だけではなく価格競争力を持たなければならない。つまり、日本農業の構造改革を行い、農産物のコスト・価格を下げ、競争力を高めていかなければならないのである。日本が持つ高品質の農産物の代表はコメである。減反を廃止して価格を引き下げるとともに、収量増加に対する抑制からコメ産業を解き放ち、コストダウンによる競争力向上を図るべきなのである。こうすれば、ニッチ市場(海外の日本食材店や日本料理店、高級贈答品)だけではなく、マス市場の開拓が可能となる。それが可能であれば、TPP交渉で、農産物の例外を主張する必要はない。

 問題は、日本農業の競争力を阻害してきた政策にメスを入れる覚悟が現政権にあるのかどうかである。口だけで「攻めの農業」を唱えても、輸出は拡大しない。農業の構造改革に反対する勢力と対峙する覚悟が必要となるのである。

 ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉の時、コメは関税化の特例とし、輸入するミニマムアクセス米も国内市場から隔離することとし、コメ農業に全く影響のない貿易制度とした。影響がないなら、対策を講ずる必要もなかったし、国内農業の構造改革を図る必要はなかった。にもかかわらず、交渉を妥結した細川連立政権に代わって政権についた自民党によって、6兆円余のウルグァイ・ラウンド対策費が投じられた。その金は、農業の構造改革にはほとんど活用されず、温泉ランドなどの箱ものに消えて行った。今次安倍政権の対応が、私のデジャビュとならなければ良いのだが。