メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.03.21

TPP交渉参加表明・今後の見通しは?

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2013年3月19日放送原稿)

1.3月15日に、安倍総理がTPP交渉への参加表明を行いました。これについて、どう評価されますか?

 やや遅きに失したという感じがしないでもありません。今年10月に交渉を妥結するというスケジュールや新規加盟国の参加承認についてのアメリカの国内手続きなどを考慮すると、日本が参加できるのは、早くて7月、遅くて9月の最終回の交渉になります。日本の立場を反映するには難しいところもあります。しかし、交渉が妥結してから新規加入国として参加しようとすると、既にTPPに参加している国から、合意された協定だけではなく、関税の撤廃やサービスの自由化などの各国の要望をすべて受け入れられるよう求められることになります。現に、アメリカの自動車業界や一部の議員からは、交渉終了後に日本をTPPに入れるべきだという主張がされています。これに比べると、明らかに交渉妥結前に参加する方が有利です。ギリギリのタイミングですが、アジア太平洋地域の新しい貿易や投資のルール作りに日本が参加表明をしたことは、評価できます。


2.同時に、TPPに参加した場合国内総生産(GDP)を3兆2千億円(0.66%)押し上げる一方、国内の農林水産物の生産額が3兆円減少する、特にコメは壊滅的な影響を受け、1兆100億円減るという試算が公表されました。これはどう評価しますか。

 第一に、これは全ての関税を撤廃することの効果試算です。サービスや投資が自由化されることや関税以外の貿易障壁が撤廃されるなどの効果を反映したものではありません。これらを試算することが難しいからです。したがって、実際の効果はより多くなります。

 第二に、自民党は、関税撤廃について、コメ、麦、牛肉、乳製品、砂糖などの農産物5品目の例外扱い、つまり関税の維持を主張しているのですから、これが実現できると、農業への影響はなくなり、GDPは試算よりさらに増えることになります。他方で、日本の農産物関税維持の見返りとして、アメリカは自動車関税を当面日本には撤廃しないこととなったので、輸出の増加は抑えられ、GDPも試算ほど増えないことになります。つまり、この試算は、政府・自民党の主張や交渉の実態と、つじつまが合っていません。

 第三に、コメについての過大な影響評価です。コメについては、減反政策によって、供給を減少することで高い価格を維持するという、カルテル政策が40年以上も続いています。しかし、関税が撤廃されて、海外から安い価格でコメが輸入されるようになると、このカルテル価格は維持できません。つまり、関税がなくなると、自動的に減反政策は廃止せざるを得なくなるのです。私の試算では、減反政策がなくなると米価は1俵(60kg)あたり8千円程度になり、中国やカリフォルニアから輸入しているコメの価格9千円を下回るようになります。つまり、関税が撤廃されると、減反政策がなくなり米価が下がるので、輸入はおこなわれず、国内のコメ農業への影響は国内米価の低下だけに限定されたものとなります。減反廃止で国内生産が増えるというプラスの効果もあります。

 最後に、減反廃止のプラスの効果です。コメの減反政策のために6千億円の財政負担をしたうえで、これによって米価を上げ消費者に4千億円の負担をさせています。合計すると、国民は、納税者、消費者として、年間1兆円も負担しています。減反政策がなくなれば、国民負担は軽減され、1兆円減税したのと同じ効果が生じます。これは、今回出されたTPP効果試算には反映されていません。今回、「国益」という言葉が盛んに飛び交いました。しかし、TPP参加をきっかけとして、このような政策をなくすことこそ国益ではないかと思います。


3.今後の見通しはどうでしょうか?

 TPP交渉参加国に対し、我が国の交渉参加についての了解を取らなければなりません。しかし、私は、自民党が農産物5品目を関税撤廃の例外とし、これが確保できない場合は、脱退も辞さないと決議したことが心配です。アメリカも砂糖や乳製品について関税撤廃の例外品目としたいという意向を持っていますが、それはあくまで、砂糖はオーストラリア、乳製品はニュージーランドに対してだけです。他の国に対しては、関税を撤廃します。日本のように、たくさんの品目について、かつ、全てのTPP参加国に対して例外扱いを要求するようなものではありません。しかも、このようなアメリカの要求でさえ、オーストラリア、ニュージーランドから強い反対を受けています。

 また、実際の貿易上の利益として、アメリカは、コメ、麦、牛肉、豚肉、オーストラリアは、麦、牛肉、砂糖、乳製品、ニュージーランドは乳製品、ベトナムはコメ、について、輸出を増やしたいと考えています。これらは、自民党が例外要求する農産物5品目と重なります。日本は輸入したくないと言うのに、彼らは輸出したいと言うので、利害が対立します。

 理念的にも、自由化の割合が多い、レベルの高い自由貿易協定を目指すという、TPP参加国にとって、日本の例外要求を認めることは、困難です。例外を極力認めない合意を日本政府が受け入れても、日本の与党や国会の承認が得られないというのであれば、最初から日本の交渉参加を認めないという対応を行うことが考えられます。交渉参加は簡単ではありません。自民党の決議は、日本の交渉参加へのハードルを上げてしまったのです。今後さらなる紆余曲折が予想されます。

 そもそも、関税がなくなり農産物価格が低下しても、アメリカやEUのように財政で補填すれば、農家は影響を受けません。高い価格という消費者負担を財政負担に置き換えるだけで、国民の負担は変わりません。農家は困らないのに、あくまでも高い価格にこだわる農業界の利益、権益とはなんだろうか。疑問に思います。