メディア掲載  グローバルエコノミー  2013.03.11

TPP参加でも自民党は参議院選挙で負けない

WEBRONZA に掲載(2013年2月21日付)

 総理訪米に合わせ、TPP参加問題が再度浮上してきた。焦点の日米首脳会談は明日22日に迫った。

 自民党の外交・経済連携調査会は、先の選挙公約である次の6つの項目を確認した基本方針をまとめた。これらの項目は、いずれもクリアーできるものばかりである。つまり、TPP参加でも、自民党は公約違反を問われない。

(1) 政府が、「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、交渉参加に反対する。
(2) 自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受け入れない。
(3) 国民皆保険制度を守る。
(4) 食の安全安心の基準を守る。
(5) 国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。
(6) 政府調達・金融サービス等は、わが国の特性を踏まえる。

 まず、(2)からみよう。アメリカの自動車産業が日本の自動車市場の閉鎖性を問題視しているのは事実であるが、1980年代や90年代ならともかく、今の時代に、管理貿易そのものである「数値目標」を要求するとは、思えない。要求してきたら、「アメリカは、TPP交渉で、21世紀型の一段高いレベルの自由貿易協定を目指しているのではないか」と切り返せば、アメリカは二の句を告げられない。

 (3)の国民皆保険制度、公的医療保険制度は、"政府による"保険という"サービス"である。政府によるサービスはWTOサービス協定の対象から外されており、それを基礎とする自由貿易協定でもこれまで取り上げられてきたことはないし、TPPでも取り上げないとアメリカの代表も明言している。単なる二国間協議で要求されることと、法的な土俵の上で議論されるTPPとは異なるのである。TPPで国民皆保険制度がおかしくなるというのは、通商交渉の基本を知らない評論家たちによって作り上げられた、「おばけ」の一つである。

 (4)食の安全規制でも、各国は国際基準より高い健康保護の水準を設定し、これに基づき独自の安全基準を設定できることは、WTO・SPS協定で認められている各国の主権的な権利である。TPPはこれを否定するものではない。

 (5)のISD条項というのは、我が国のTPP反対の評論家による、投資の条項の呼び名である。これは世界の通商交渉や国際法に関係する者の間では正確にはISDS"Investor State Dispute Settlement"条項と呼ばれているもので、外国に投資して企業が損害を受けた場合に、投資先の政府を訴えることができるというものである。しかし、国内企業に比べて外国企業を不当に差別的に扱うのであればともかく、国家の正当な政策が問題とされないことは、国際的に定着している。この条項があるからといって、国の主権が損なわれることはない。

 この条項について、少し詳しく説明しておこう。既に日本が結んだたくさんの自由貿易協定にこの条項は存在する。米国企業がタイに子会社を作って日本に投資すれば、日タイの自由貿易協定を使って、今でも日本政府を訴えられる。日本の企業もオランダ-チェコ間の投資協定を利用して、チェコ政府を訴え、勝訴している。アメリカとの間の自由貿易協定ではISDS条項の導入を拒否したオーストラリアも、香港との投資協定によって、アメリカ企業に訴えられている。日本政府が訴えられないのは、日本が外国企業だけを不利に扱うような政策をとっていないからだ。

 アメリカが怖いのかもしれないが、アメリカ企業がカナダ政府を訴えた事件で勝ったのは2件だけであり、5件で負けている。企業対国のISDS条項ではなく、国対国のWTO紛争処理手続きでも同様であり、アメリカはカリブ海の人口7万人の小国にさえ、負けている。米韓自由貿易協定に対する韓国内の批判を紹介して、ISDS条項を使って公的医療保険制度が訴えられるという主張が一部の医師団体からなされているが、米韓自由貿易協定では公的医療保険制度はISDS条項の対象から明確に除外されている。

 (6)についても、当然である。一時期、TPPで外国企業が地方自治体の公共事業に参入するのではないかという主張があったが、全くの杞憂である。アメリカ連邦政府の権限は、州をまたがない経済活動には及ばない。日本の地方公共事業の開放を要求されるなら、ジョージア州の公共事業を開放しろといえば、それ以上アメリカは議論できない。また、サービス交渉というものは、各国の国内規制を前提として、国内企業と同じ待遇を外国企業にも与えるかどうか(これがサービス交渉の自由化の意味である)というものであり、「わが国の特性を踏まえる」こととなるのは、当然である。

 結局、(1)の基準しだいである。安倍総理は、オバマ大統領との会談で関税撤廃の例外の感触を探った上で、TPPに参加するかどうかを自ら判断するとしている。アメリカは、オーストラリアに対して砂糖、ニュージーランドに対して乳製品、それぞれの関税を維持したいという方針でTPP交渉に望んでおり、安倍総理が例外の感触を得ることは難しくないだろう。

 つまるところ、自民党のTPP反対派が拠り所にしてきた6つの基準は、いずれもクリアーされる。確かに自民党のTPP反対議連には同党の国会議員の過半数の議員が参加している。しかし、衆議院選挙で、農協に踏み絵を踏まされている議員が多く、賛成派の小泉進次郎氏や河野太郎氏などの賛成派議員を見比べると、古色蒼然とした農林族という感じは否めない。アベノミクスで上昇機運に乗っている総理に、「党を割っても」という覚悟で反旗を翻すほどの勢力にはならない。

 では、自民党にとって、7月に予定される参議院選挙のマイナス材料になるかというと、そうではない。まず、安倍総理はオバマ大統領との会談で感触を得た後、間髪を入れずにTPP参加を決断するだろう。その方が党内の了解も得やすいし、参議院選挙まで"間"を置くことができるからだ。

 選挙には、相手がある。自民党が狙う地方の1人区で競合するのは、都市型政党である第三極ではなく、民主党だろう。しかし、民主党には政権担当当時の失政、先の衆議院選挙でのダメージがあまりに多く、自民党によほどのことが起きない限り、当分の間、国民は「民主党に政権を委ねよう」とか、「選挙で勝たせよう」とは、まず思わないだろう。

 また、民主党の内部もTPP賛成派と反対派が共存しており、TPP反対で参議院選挙のマニフェストをまとめるとは思えない。第三極のみんなの党や維新の党は、TPP推進なので、自民党と対立することはない。つまり、TPPは大きな争点にならないのである。

 そもそも、地方といえども、農業票は減少しており、TPP不参加の場合、広大なアジア太平洋地域の自由貿易圏から排除されかねない中小企業の方が、地域の経済や雇用にとって重要である。また、農業界でも、関税撤廃で価格が下がり、それに応じた販売手数料収入の減少を懸念する農協は大反対だが、専業農家にはTPP推進または止むなしという人たちが多い。

 このように考えると、安倍総理や自民党幹部にとって、TPP参加へのハードルが極めて低くなってきたというのが、現状だろう。2月末から3月にかけてのTPP参加決断が迫っている。