メディア掲載 グローバルエコノミー 2013.02.07
自民党政権が復活した。しかし、自民党の比例選の得票率は、大敗した前回の選挙と変わらなかった。勝てたのは、民主党が票を大幅に減らしたからである。維新の会も、石原慎太郎氏の率いる守旧的な太陽の党と合流して、党の性格があいまいになった。自民党幹部は、あの合流がなければ、維新の会に相当議席を取られていたと述べている。敵失による自民党の勝利である。
では、振り子がまた、民主党に戻ることはあるのだろうか。日本に二大政党制は定着するのだろうか。これも難しい。
戦後、保守党以外の政党が中心となった政権は、1947年の社会党を中心とした片山内閣、1993年の非自民の政党による細川内閣、今回の民主党内閣である。いずれも長続きしなかった。共通するのは、異なる主義主張を持つ人たちの集まりだったことだ。
非自民というだけで多数の政党が集まった細川内閣はもとより、片山内閣の社会党も、大衆政党を目指そうとする右派と階級闘争を志向する左派との集合だった。民主党も消費税やTPP(環太平洋連携協定)という重要問題をめぐり、改革を志向するグループと、選挙で勝てるかどうかを重視するグループが対立し、党の分裂を招いた。
片山内閣の西尾末広、細川・民主党内閣の小沢一郎氏のように、権力への参画を最優先する政治家が、政権を切り盛りしたのも、同じだった。もっとも重要な共通点は、政権交代時の高揚と政権運営失敗後の凋落ぶりである。新憲法下初めて組閣された片山内閣、4年前のオバマ氏と同じく自民党政治からのチェンジを期待されて3年前の選挙で勝利した民主党。いずれも期待が大きかっただけに、失望も激しかった。社会党も民主党も、次の選挙で大敗した。
「社会党にやらせたことがあった。でもうまくいかなかった。悪くても、政治は自民党にやらせるしかない。」これが戦後の昭和を生きた多くの国民の心理だった。
自民党と社会党の55年体制は、1.5大政党制と言われた。社会党がどんなに勝利した時でも、自民党(保守党)の議席の半分にとどまった。今回の民主党政権の失敗は、同党が考えている以上に深刻である。かつての社会党と同じく、民主党にはもう二度と政権は任せられないという心理が働くのだ。
では、自民党政権で、日本経済はうまくいくのだろうか。安倍政権のブレーンには、大幅な金融緩和でデフレから脱却すべきだという人たちと、構造改革によって成長を促進しようとする人たちが集まった。これに対して、与党には、前回選挙で落選した人たちが復活し、国土強靭化の名の下、公共事業を拡充しようとする古い勢力が、力を増している。金融緩和、財政発動、成長戦略を3本の矢とするアベノミクスは、改革派と守旧派の合体なのだ。
小渕内閣時代、公共事業は大盤振る舞いされた。しかし、景気は回復せず、膨大な政府の借金が残った。国民は財政再建ができないと判断しているから、老後は政府ではなく自分に頼るしかないと考えて、貯蓄を増やし、消費を抑制している。それがデフレの原因だとすれば、小渕内閣と同じようなことをして、財政再建が一層困難となれば、いくらお金を刷っても、デフレはさらに悪化する。財政の悪化は、国債の暴落、金利の上昇による、大不況を招く恐れすらある。
最も重要なのは、金融や財政政策ではなく、規制緩和などで企業のイノベーションを刺激し、経済の生産性を向上させるという成長戦略なのだ。
農業についても、コメの減反政策は、コメ消費を減退させるとともに、単収向上や規模拡大による生産性向上を阻んでしまった。米韓FTA(自由貿易協定)で日本企業が不利を被るというのであれば、TPPに参加して、雇用を守っていくしかない。
しかし、改革派と守旧派が混在する自民党では、民主党と同様思い切った政策は打ち出せない。TPPにも参加できないだろう。自民党も民主党も解党して、保守と改革を主張の軸とする二大政党ができることを期待するしかないのだが、それはいつ実現するのだろうか?