メディア掲載  外交・安全保障  2013.01.15

日本版NSCのあるべき姿

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2012年12月13日)に掲載

 2012年12月1(土)~2日(日)、キヤノングローバル戦略研究所は「日本版NSCの設置と運用」をテーマに第12回PAC政策シミュレーションを実施し、その概要を産経新聞に掲載しました。



 北朝鮮が"ミサイル"発射を強行した。国家の危機管理は果たして大丈夫なのか?
 12月最初の週末、キヤノングローバル戦略研究所主催で再び政策シミュレーションを実施した。テーマは「日本版NSCの設置と運用」、平成19年に廃案となった「日本版NSC法案」がそのまま法制化されたら...という想定だった。
 仮想官邸の中で、国家安全保障担当総理補佐官が中心となり、9人からなる国家安全保障会議(NSC)事務局が設置された。民間からの政治任用は4人、これに外務、防衛、警察から制服自衛官を含む4人が加わり、事務局長も民間人(外務省OB)となった。
 有事の際NSC閣僚会合決定を直ちに閣議決定とすべく事後持ち回り閣議を開くこと、NSC担当補佐官が副大臣・局長会合の、NSC事務局長が各省事務レベル会合の議長をそれぞれ務めること、NSC閣僚会合に統合幕僚長が参加することなども決まった。
 位置付けが難しかったのは内閣官房副長官補と内閣危機管理監だ。組織づくりの段階では外交と安全保障・危機管理を担当する2人の副長官補が事務局次長となり、国内の危機管理を担当する危機管理監は一応NSCから外れた。
 ところが、実際のゲームでは危機管理監がNSC事務局に常駐せざるを得なかった。ミサイル発射や国内テロなどさまざまな危機が同時進行し、国内・国外、安全保障・危機管理といった事前の「区分け」がほとんど意味をなさなくなったためだ。
 さらに難しかったのは、内閣官房長官とNSC担当補佐官の関係である。総理補佐官の権限を強化しようにも、法令上の権限はない。そのため官房長官が外務大臣・防衛大臣などトップレベルの省庁間調整を行うことになった。
 対外的調整機能を外務省とNSCのどちらが担うかも問題だった。外国政府機関(NSCと外交当局)との窓口や調整権限をどう設定するかでしばしば混乱が生じた。対外窓口を外務省に一元化すればNSCの出番はなくなるが、それでは何のためのNSCなのか。
 このほかにも、防衛省制服組(統幕)の取り扱い、内閣情報官、防衛省情報本部等インテリジェンス機関の関与、特に情報共有のあり方など詰めるべき点は山ほどある。組織をあまり複雑にすれば「屋上屋」を架す。有事に機能する制度設計は簡単でなさそうだ。
 何よりも驚いたのは、せっかくNSCを作ったのに、実際には首相以下の関係閣僚と官僚らが一堂に会し、長々と議論を続けたことだ。
 これでは従来のゲームで行われてきた「関係閣僚会議」と何一つ変わらない。逆説的だが、これが今回の最大の教訓だった。
 NSCの本質は制度の改革ではなく、意思決定の迅速さだ。日本人が慣れ親しんできたボトムアップ型「意思決定プロセス」では有事に対応できないのではないか。その最大の理由は、われわれ日本人が過去半世紀以上、実戦経験から遠ざかっていたからではないか。
 法案上NSCで審議される事項の一つは「総理が認める重大緊急事態への対処に関する重要事項」だ。日本が武力攻撃を受けるかもしれない緊迫した情勢への対処、誤解を恐れずに言えば、究極的には「自衛戦争の準備」に他ならない。
 人によって思うところは異なるだろうが、筆者の結論はこうだ。日本版NSCとは自衛権の発動を短期間で決定するという重い責任を負う組織である。この設置と運用を実戦経験のない、机上の空論を弄(もてあそ)ぶような輩(やから)に決して任せてはならない。




<PAC政策シミュレーションとは>
 日本の外交・安全保障政策がタイミングよく立案・実施されていない原因の一つは、政治家と官僚とのインターフェイスが欠如しているからではないかと考えられる。この状況を少しでも改善するために、日本型「政治任用制度」を導入するのが一つの解決策ではなかろうかとの問題意識に基づき、キヤノングローバル戦略研究所は、将来の政治任用候補者(Political Appointee Candidates: PAC)を公募し、彼らを政策シミュレーション(可能な限り現実の政策決定過程に近いヴァーチャルリアリティ)の中で鍛え、一人前の政治任用スタッフ候補として養成しようとしている。2009年7月から始めたこの活動は、官僚組織に挑戦し、これを代替しようとするものではなく、政治と行政のインターフェイスとして働き、政治家とともに政治的責任を自らとる政治任用スタッフを導入することにより、官僚を政治的責任から守り、官僚組織が本来持っている政策形成機能を再活性化させることを目指している。