メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.12.27

日本はもうTPPに入れない

WEBRONZA に掲載(2012年12月11日付)

 新聞各紙が自民党圧勝を予想している。どのような人が当選するのだろうか。朝日新聞と東大谷口研究室が共同して候補者にアンケート調査を行った結果をみると、TPPについて、民主党は賛成派5割台半ば、反対派2割強、自民党は反対派が6割となっている。民主党は、反対派の小沢グループが離党したりして、純化しているものの、北海道などのように農村地域では、候補者があからさまにTPP反対を唱えている。注目は、政権党となる可能性の高い自民党である。前回選挙で落選した人たちが、大量に復活当選するだろう。元職の候補者115人のうち73人が自民党候補者である。農村部の候補者には、農林族議員と目される人たちが多い。自民党にTPP反対派が多いというアンケート調査はこれを反映している。
 この人たちは、選挙で農協からTPPについての踏み絵を踏まされている。農協は当選後約束の履行を求めてくるだろう。農業票は少なくなっている。しかし、二人の候補者が競っている小選挙区制では、1%の票でも相手方に行くと、2%の票差になってしまう。これを挽回するのは容易ではない。ある衆議院議員は私に、「選挙になると、対立候補に本当に '殺意' を持ちます。」と語った。これは、嘘いつわりのない言葉だろう。農業票にはもはや候補者を当選させる力はない。しかし、小選挙区制の下では、落選させる力は十分持っている。1%でも、逃がしてはならない組織票なのだ。
 これまで、TPP反対派は、TPPは今年中に妥結するので、日本が参加してもルールに影響を与えるような時間はなくなっていると主張してきた。これはオバマ大統領の2012年中の合意を目指すという発言を根拠とするものだった。しかし、私は、通商交渉は国内の特定の業界に痛みを伴うものであり、大統領選挙のある2012年の合意などはない、これはワシントンの通商専門家の共通認識だと反論してきた。
 実際、今年中の妥結は困難となり、TPP参加国は来年2013年10月の合意を目指すこととなった。この可能性はどうだろうか?交渉は2年以上も行っている。既に、各国の提案は出揃っている。アメリカの政権交代はなくなった。交渉プレーヤーに大きな変更はない。現在、対立が鮮明になっているのは、争点が絞られてきているからだ。しかも、アメリカの砂糖や乳製品の関税、カナダの乳製品や鶏肉の関税の扱いなど、大きな争点は、事務方がいくら交渉してもまとまるものではない。政治的な決断、決着が要求されるからだ。しかし、閣僚会議や首脳会議を開いて、政治レベルの交渉を行えば、交渉は一気に妥結に向かう。再来年2014年はアメリカ中間選挙の年となる。ここでの決着はできたら避けたい。来年中の妥結の可能性は高いと見るべきだろう。
 日本はどうか?今回の選挙は「予備選」のようなものである。来年夏の参議院選で勝たなければ、自民党はねじれ国会を解消できない。安定政権を目指すのであれば、来年の参議院選挙が「本選」となる。衆議院選挙で多数のTPP反対派議員が当選するうえ、次の参議院選挙で勝とうとすると、自民党はTPP参加を先送りせざるを得ない。参議院選挙前に、コメなどの農産物を関税撤廃の例外とすることを条件として交渉に参加する道もないではないが、アメリカや豪州などが絶対に認めない。安倍内閣が参議院選挙後の9月に党内を説得して参加表明したとしても、アメリカ議会への通報との関係から3ヶ月後の参加になる。その時、TPP交渉は終了している。
 日本は新規加盟国として、出来上がったTPPへの加入交渉を行うことになる。原加盟国と新たに加入する国とでは大変な違いがある。日本はできあがった協定を丸呑みさせられる上、米国などの原加盟国から関税の撤廃、サービスの自由化など一方的に要求されるだけの加入交渉になる。日本からコメなどの関税撤廃の例外要求など不可能となる。こちらから原加盟国に関税削減などを要求することは認められない。中国はWTO加入交渉で国内制度や貿易制度の大幅な変更や貿易自由化を要求され、15年を経てようやく参加が実現した。「要求されるばかりで、一方的で屈辱的な交渉だ」と言った中国の交渉官に対し、米国の交渉官は「それがこの交渉のルールだ」と冷たく応じた。それほどひどい交渉になる。
 では、自民党はどうする?「例外なき関税撤廃を前提とする限り、交渉参加に反対する。」という公約を守る以上、TPPに参加できない。それ以前に、コメを関税撤廃の例外とできないなら、農協は交渉参加に断固として反対するだろう。
 結局、日本は、タイ、フィリピン、韓国が参加しても、TPPには参加できない。今世界貿易の半分以上が最終製品を作るための部品や素材だ。日本から高い技術で作られた部品等を輸出して海外で製品に組み立てるという分業体制に日本企業は組み込まれている。部品等を作っているのは中小企業だ。広大なアジア太平洋地域で、参加国だけの間で貿易・投資を自由化するTPPができる。大企業なら工場をTPP地域内に移転できるが、それができない中小企業はこの地域から排除されてしまい、大きな雇用不安が起きる。
 これまで、牛肉自由化など、農業に不利益があると予想される場合でも、我が国は大きな国益を考えて、政治的な決断をしてきた。しかし、今目前に展開されている状況は、しっぽが牛の体を引きずりまわしているありさまだ。牛肉自由化には、子牛農家への直接支払いで影響を防いだ。農家には直接支払いという方策があるのに、価格が低下して販売手数料収入が減少する農協の政治力によって、TPPに参加できない。
 1年前日本と同時に参加表明したカナダ、メキシコの参加は実現した。タイも参加表明した。TPP参加で日本のように大騒ぎしている国はない。根拠のないお化けと決められない政治のために、無駄な時間が過ぎた。最後の奇手は、野田首相にTPP参加を一方的に表明してもらうことだけだ。それなら、かろうじて、来年4月頃には交渉に参加できる。しかし、残された時間があまりにもなさすぎる。