メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.12.27

自民党政権復帰と農業政策

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2012年12月25日放送原稿)

1.政権が交替しました。まず、この10年間の農政の動きを説明してください。

 日本農業の特徴であり、かつ問題点は、農家の規模が小さいということです。規模が大きくないとコストが高くなります。所得とは、売上高からコストを引いたものですから、コストが高いと、所得が低くなってしまいます。この零細な農業構造の改善は、戦前からの課題でした。1900年に当時の農商務省に入った柳田國男は、農業の生産性を向上して外国の農業に対抗していくためには、当時の0.3ヘクタールとか0.4ヘクタールの小さな農家ではなく、2ヘクタール規模の農業を目指すべきだと主張しました。
 しかし、このような理想は政治の壁に阻まれて、簡単には実現できませんでした。今の農家の平均規模は規模の大きい北海道も入れてようやく1.8ヘクタールです。コメについては、都府県の農家のほとんどは1ヘクタールに満たない規模です。ところが、民主党政権に変わる前、自民党は直接支払いの対象を原則として4ヘクタール以上にするという政策を打ち出しました。民主党がマニフェストで提案していた対象農家を限定しない戸別所得補償政策を、自民党はバラマキだと批判し、構造改革的な政策を打ち出したのです。
 しかし、農業界から農家の選別政策だという批判を受けた自民党は、2007年の参議院選挙で敗北しました。このため、自民党は対象農家について市町村長の特例を認め、「対象者を絞る」という政策から後退しました。


2.民主党政権になってからは、どうでしょうか?

 農村部で自民党を追い込み、2009年民主党政権の実現に貢献したのは、戸別所得補償政策です。当初民主党の主張は、減反を廃止して価格を下げ、専業農家に限定して直接支払いを行うという構造改革的な内容でした。価格を下げれば、コストの高い零細な農家は赤字になるので、農地を貸し出すようになります。直接支払いを専業農家に限定すれば、専業農家は地代を支払えるようになるので、農地は専業農家に集まり、規模が拡大して、コストが下がります。コストが下がると、専業農家の収益があがるので、農地の出し手に支払える地代も大きくなります。
 しかし、選挙を意識した民主党は、対象農家の限定も、減反廃止も、取りやめてしまいました。戸別所得補償は農家への保証価格と市場価格との差を補てんするものです。減反をやめて価格が下がると、財政負担が拡大するからです。そのうえ、民主党は、減反に参加する農家だけに戸別所得補償を交付することとしました。これまで、減反に参加する農家に2000億円の減反補助金を出してきましたが、これに4000億円の戸別所得補償を追加し、減反を強化したのです。
 しかし、民主党は、米価が下がっても、市場からコメを買い入れて、米価を高く維持するという旧自民党政権時代の政策は、原則的には採用しようとはしませんでした。市場価格がいくら低下しても、戸別所得補償で農家への保証価格との差を補てんすれば農家は困らないからです。


3.自民党政権になるとどうなりますか?

 自民党の政権公約には、次のように書かれています。「農家が望んでいるのは「戸別所得補償」という名の一過性のバラマキではなく、「再生産可能な適正価格」と「安定した所得」の両方です。米価を引き下げる戸別所得補償を全面的に見直し、全国一律ではなく、名称も変え、地域の自主的な努力を踏まえ、コメに加えて麦・大豆、畜産、野菜・果樹など複合的に取り組む農家や法人、集落営農など地域の実情に応じた多様な担い手の経営全体を支えます。」
 戸別所得補償の「見直し」と言っているだけで、戸別所得補償を廃止するとは言っていません。
 戸別所得補償政策によって、2010年の農家所得は7年ぶりに増加しました。減反を守らないコメの「過剰作付面積」は制度導入前に比べ半分に減りました。減反による米価維持効果は強化されたのです。自民党政権になっても、価格維持を重視していますから、戸別所得補償の基本的な枠組みは維持されると思われます。
 しかも、「全国一律ではなく」という趣旨は、高いコストの地域には、戸別所得補償の単価を大きくするという趣旨だと思われます。高コスト構造の温存にならないか心配です。「地域の実情に応じた多様な担い手」とは、対象農家の限定はしないという趣旨でしょう。
 同時に、自民党は、農業が水資源の創出や洪水防止機能など農産物生産以外の機能を果たしているという「多面的機能」に着目して、水田だけではなく畑も含めて、農地を農地として維持することに対価を払う日本型直接支払いを法制化すると言っています。今でも、戸別所得補償は農地面積に応じて支払われる仕組みです。名前を変えて、戸別所得補償の基本的な仕組みは継続されることになると思います。
 自民党の政権公約から強く伝わってくるのは、米価の維持です。米価が低下すれば、市場介入して買い支えるという政策を復活させるのだと思います。高い価格を下げないのであれば、高い関税も引き続き必要となります。関税の削減や撤廃が要求されるTPPやオーストラリアとの自由貿易協定の交渉は困難となります。自民党政権で農業政策がどうなるかは、通商交渉にも影響します。今後の政策展開に注意していきたいと思います。