メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.12.14

選択を前に -賛否分かれるTPP-

山陽新聞に掲載(2012年12月9日付)

 TPP(環太平洋連携協定)は、アジア太平洋地域の貿易や投資を促進しようとする試みである。交渉状況を説明しよう。各国とも攻めだけでなく弱い分野も抱えている。関税撤廃については、ベトナムは自動車などに高い関税がある。カナダは、乳製品や鶏肉の関税を維持しなければ、ケベック州の分離・独立問題に火がつきかねない。米国でさえ、豪州に対しては砂糖、ニュージーランドには乳製品の関税を守りたいし、ベトナムの繊維にも脅威に感じている。


複数国が連携  

 サービスの自由化とは、各国の規制を前提として外国企業にも国内の企業と同じような扱いを認めることだが、金融産業などが発達していない途上国には、困難が多い。外国企業にも公共事業などへ参入を認めようとする政府調達も、マレーシアにとっては、マレー人優遇政策に変更を迫られる大問題である。
 薬価について、米国は医薬品業界の利益確保から、特許権保護や薬価決定プロセスの透明性を提案しているが、薬価上昇を防ぎたい豪州やニュージーランドは強硬に反対している。企業が投資先の国家を訴えることができるISDS条項については、豪州が反対だ。米国は、国有企業の独占的な活動への規制提案について、シンガポールなどの抵抗にあっているほか、豪州から農産物の輸出補助金撤廃を突き付けられている。
 わが国では、TPPに参加すると米国に一方的に攻められるという主張が多い。しかし、多くの国がさまざまな分野について交渉する場では、特定の事案について複数の国が連携して大国に当たることが可能であり、かなりの分野で米国が孤立している感じさえある。まして、制度や規制を米国基準にあわせられることなどありえない。


日本の議論  

 日本の議論はどうか?産業界は推進である。韓国が米国とFTA(自由貿易協定)を結んだことで、日本製品は関税がかからない韓国製品より不利となっている。これをTPPで解消したい。また、海賊版から日本ブランドを保護できるし、海外投資の際、投資先の国から技術移転や本国への送金規制などを要求されないようにできる。
 高い関税で保護された農業界は反対だ。農林水産省は、関税撤廃で4.5兆円の生産減少を試算し、農協は農業が壊滅すると主張している。他方、コメより生産額の多い野菜の関税は数%、花の関税はゼロだし、コメも高い価格ではなく、米国やEUのように財政からの直接支払いで保護すればよい。人口減少で国内消費が減る中、TPPなどで外国の関税をなくし輸出していかなければ、農業は生き残れない、という議論がある。
 関税がなくなるので、消費者は価格低下の利益を受ける。食品の安全規制が緩和されるという心配もあるが、科学的根拠があれば国際基準より高い規制を維持できるというWTO(世界貿易機関)の基本的な仕組は維持される。遺伝子組み換え食品の表示も、同じ制度を持つ豪州やニュージーランドと連携できる。


迫る締め切り  

 医療業界は米国の要求により公的医療保険制度が崩壊すると主張する。しかし、公的医療保険など政府のサービスは、WTOサービス協定の対象外だ。WTO法を基に協定作りを行うTPP交渉は、法的な裏付けのない日米協議とは性格が異なる。米政府も、TPPで公的医療保険は取り上げないと明言している。ISDS条項で米国企業から訴えられるとの主張もあるが、米韓FTAでも公的医療保険はISDS条項の対象外である。
 TPP交渉は来年10月の妥結を目指している。その後に参加すれば、できあがった協定を丸のみさせられる上、米国など原加盟国から例外なき関税の撤廃、サービス自由化など要求されるだけの加入交渉になる。交渉参加の締め切りが迫る中で、参加しなければ、大企業は工場をTPP参加国に移転できても、それが難しい中小企業は広大なアジア太平洋地域から排除され、雇用が失われる。早めの決断が求められる。