メディア掲載  外交・安全保障  2012.12.06

対中貿易は減少するか

リベラルタイム(2013年1月号)に掲載

悪化する日中関係

 東京都による尖閣諸島購入の動きなどに端を発し、9月、日本政府が国有化したことに中国は激しく反発した。もともと中国漁船による日本領海への侵犯等があったが、中国政府は日本政府を強い言葉で非難した。また、中国各地で激しいデモが発生し、一部は暴徒化して日本企業の工場や商店を襲撃し、甚大な損害を与えた。在留邦人の安全が懸念される事態も発生した。
 両国関係悪化の影響は貿易面にもおよび、9月の日本から中国への輸出が前年に比べ14%減となった。自動車等はとくに落ち込みがひどく、現時点(2012年10月末)でも主要メーカーは対中輸出を停止したままである。また、対中貿易の減少が一つの大きな原因となって、日本の対世界貿易は過去30年以来最大の赤字となった。
 日中関係の悪化が経済・貿易に及ぼす影響は両国にとって懸念すべき問題だが、中国の報道は、日本の方が大きな打撃を受けるとした。日本の9月の実績が大幅に悪化したのは、中国との関係が悪化したことが原因であることをしきりに強調している。
 日本の輸出が減少していることはたしかに問題であるが、諸般の状況をバランスよく考慮する必要がある。貿易の増減は両国の景気動向や、第三国との貿易とも関係があり、9月の数字として発表された日本の輸出減少は尖閣諸島だけの原因によるのでないことはもちろんである。日本の対中輸出は、尖閣問題が激しくなる以前から減少傾向になっていた。また、個別に見ると状況はさまざまであり、まだ立ち直れない日本企業も少なくないが、一部の企業はすでに対中進出の復活、強化に乗り出している。


中国特有の五大リスク

 中国は超巨大な市場であり、ビジネスチャンスはそれだけあるはずだが、リスクも巨大である。この際、両国の経済関係を大きく左右する可能性がある、中国特有の諸要因を再確認しておきたい。それは中国へ進出する日本企業にとって、常識の類に属するとみなされているかもしれない。しかし、けっして観念的な問題でなく、現実のコストとなって跳ね返ってくるリスクである。それをどのように見積もり、対処するかは、中国における企業活動の成否を左右する。
 第一に、歴史問題に端を発して反日感情が急激に高まる可能性である。
 中国では反日デモが過去何回も発生している。そのきっかけとなったのは、靖国神社への閣僚、とくに首相による公式参拝や教科書での過去の歴史の記述ぶり等であった。なかでも、05年の反日デモは、今回の尖閣諸島をめぐる問題が発生するまで最大の規模であった。日本企業は大きな損害を被り、また、日本人が攻撃の標的になった。
 第二に、中国社会の不安定性である。
 中国は近年急速な経済成長を実現したが、その恩恵にあずかれない人達が多数存在する。沿海地域と内陸部、都市と農村、共産党員と非党員、幹部と一般労働者、民族間など多種多様の格差があり、中国では時折「群体性事件」と呼ばれる集団抗議事件が発生する等、大きな不安定要因がある。また、経済発展の歴史が浅いためか、人間の安全への配慮が不十分であり、西側諸国から人権尊重が十分でないと批判されている。
 社会生活においても著しい不合理性が残っている。たとえば、中国は極端なコネ社会であり、それが不正行為を助長している。中国人の民度は高くないことを、中国の指導者自身が自認したこともある。国内の不満にどのように対処するかは、中国政府にとってもつねに大きな問題である。
 第三に、共産党の一党独裁体制である。
 世界的にもきわだつ高度経済成長を実現したのもこの政治体制である。しかし、共産党、政府および軍の官僚が利益集団となって中国を牛耳っており、格差の是正もままならない状況にある。政策が歪曲されることや外国人・企業が差別的に扱われることも少なくない。政策決定過程の透明性は極度に低い。
 第四に、しかし、中国が急速な経済成長を実現するにともない、各国との相互依存関係が深まっていることも事実である。日本との関係でも例外でない。技術や中間財や部品を含め日本の優れた物・サービスに、中国は依存しているはずである。
 第五に、国際社会における中国の地位はかつてなく向上している。中国にとって国際的なイメージを損なわないことが、それだけ重要になっている。中国がいかに国際的評判を気にするかは、北京オリンピックの際に多くの人が目撃したであろう。もっとも、今年の秋日本で開催されたIMF・世銀総会への閣僚欠席やレアメタルの輸出制限等を見ると、中国の国際化は未だしの感もあるが、傾向としてはその方向に進んでいることは明らかであろう。


対中政策に変化なし

 中国では5年ぶりに共産党の全国代表大会が開催され、習近平以下の新しい指導層が誕生した。新体制は、台湾統一のように従来からの問題もある。また、中国革命を率いた毛沢東の時代、革命から近代化への展望を開いた鄧小平の時代とはもちろん、その後継世代の江沢民や胡錦涛の時代とも異なる課題に直面することになる。
 とくに、中国の発展を支えてきた経済は、他国に比べれば、今後も高い成長を維持するであろうが、今後これまでのような二桁台の成長は望めなくなっている。格差問題が深刻化して民衆が爆発し、ひいては不満の矛先が独裁体制に向かう可能性も排除できない。経済成長の鈍化に伴い中国の党・政府のマヌーバビリティが狭められることは多かれ少なかれ不可避であろう。
 以上に見てきたような諸要因にかんがみれば、今回起こった日中関係の悪化は長期化するより、むしろ比較的早期に回復する可能性が高いのではないかと思われる。ただし、尖閣諸島に関する中国政府の態度が、以前のような状況に戻るというわけではない。
 尖閣諸島問題に関しては軍の方針、動向が重要なカギである。実体は極めて不透明であるが、最近の中国の態度を見ると、当面の目標は、日本に引き続き圧力を加えつつ、持久戦に持ち込むことではないかと思われる。また、中長期的に見れば、中国では、尖閣諸島問題に限らず、今後も大きな政治的・社会的変動が時折発生することは不可避であろう。
 日本を含め中国に進出している外国企業としてはそのような事態に備え、リスクを勘案していくことが必要となろう。