TPPについて必ず主張される反対派の論点として、政府は十分な情報を提供していない、TPPがどういうものかわからないので参加すべきではない、というものがある。
しかし、これは欺瞞に満ちた主張である。
まず、反対派が要求している情報とは何なのか、ということである。TPPは自由貿易協定の一種であり、これまでも日本自体シンガポールとの協定から始まり、メキシコ、タイ、フィリピンなどと多くの協定を積み重ねてきた。農産物などの物の貿易、サービスの貿易、投資などTPPがカバーしようとするほとんどの領域は、日本がこれまで結んできた協定と同じである。アメリカが結んだ協定にも、北米自由貿易協定(NAFTA)、米韓自由貿易協定などがある。基本的なことはほとんどわかっている。
もちろん、各分野の協定の細部やアメリカが新たに加えようとしている国営企業に対する規律のような新分野については、交渉の結果、どうなるかわからない。しかし、これは、アメリカも他の交渉参加国も、交渉の結論がどうなるか、誰にもわからない。すでに述べたように、アメリカも、その主張が通らずに、孤立している分野がかなりあるのである。
要するに、反対派が求めている情報とは、将来の時点(2013年または2014年頃か?)に妥結する交渉結果、TPP協定の最終内容を教えろと言っているのと同じなのだ。株投資で儲けたい人が、証券会社に、1年後の新聞の株式欄を持ってこないと付き合わないと言っているのと同じなのだ。証券会社だって、そんな情報は持っていない。
しかし、株とちがって、TPP交渉の場合、日本は交渉に参加することによって、交渉の結果を変えることができる。つまりは、1年後の新聞の記事内容を変えることができるのだ。
自民党は、「『聖域なき関税撤廃』を前提にする限り交渉に反対する」といっている。しかし、アメリカは豪州に対して砂糖、ニュージーランドに対して乳製品の関税維持を目標に掲げて交渉している。新しく交渉に参加したカナダも、乳製品と鶏肉の関税を維持するつもりである。これら二カ国は、『聖域なき関税撤廃』を前提にした交渉など行っていない。
ニュージーランドの交渉者に対して、アメリカ、カナダの乳製品関税の扱いを聞くと、かれらは撤廃を目指して交渉していると答えるだろうし、アメリカ、カナダの交渉者に聞くと、維持するつもりで交渉していると答えるだろう。今の時点で、数年後の交渉の結果がどうなるかは、交渉の当事者だってわからないのだ。
まして、日本政府の担当者に、アメリカ、カナダの乳製品関税の扱いを聞いて、答えが出てくるはずがない。つまり、TPP反対派は答えられない情報を政府に質問して、「どうだ。答えられないだろう。だから、参加すべきではない。」と言っているのだ。
この欺瞞に後ろめたさを感じている反対派の人は、TPP交渉が終わってから参加の是非を判断すべきだと主張する。しかし、その場合には、日本に不都合な部分も含めて、既に出来上がった協定を、丸のみしなければならないし、物品の関税撤廃、サービスの自由化など、既存の加盟国から一方的な要求を受け、約束させられてしまう。
農産物関税撤廃の例外など要求できないし、こちらから、既存の加盟国の関税や非関税障壁の撤廃を要求することは認められない。つまり、日本からの要求は行えず、既存の加盟国に対して、あなた方の要求を全て受け入れますから入れてくださいという屈辱的なお願い外交をするしかなくなるのだ。
TPP反対派の最大の欺瞞は、情報が不十分だといいながら、米韓自由貿易協定ではこうなっているから、同じことがTPPに入るとアメリカから要求されるのだと主張することだ。彼らは、「TPPはこういうものだから参加すべきではない、TPPは壊国協定だ」と主張しているのだ。
情報開示が不十分さを指摘しながら、判断に必要な情報は持っているという前提が、この主張にはあるのだ。もちろん、これも、アメリカが要求することは、すべてTPP協定となって実現すると考える点で間違っている。アメリカの孤立が目立つこの頃である。
昨年11月ある反対派の議員は、有楽町の街頭演説で、「アメリカにさんざん痛めつけられたから、タイもフィリピンも入ろうとしない。アメリカの隣のカナダ、メキシコも入ろうとはしない。これに入るのは入水自殺をするようなものだ。」と主張していた。カナダ、メキシコだけでなく、とうとうタイも参加表明した。日本は、アジア、太平洋地域の孤児になるのだろうか。