メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.11.01

アメリカ選挙の通商政策への影響

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2012年10月29日放送原稿)

1.もうすぐ、アメリカの大統領選挙が行われますが、大変な接戦になっているようですね。 

 その通りです。支持率でみると、いくつかの調査では、終盤になって共和党のロムニー候補が現職の民主党オバマ候補を逆転し、わずかながらリードしています。しかし、選挙では、オバマ候補がやや有利という見方もあります。これは、まず、大統領選挙は有権者が各州の大統領選挙人を選び、大統領選挙人が大統領を選挙するという間接選挙になっていることと、次に、ほとんどの州で、勝った候補がその州の大統領選挙人全てを獲得することという仕組みになっているためです。つまり、アメリカ全体でたくさんの票を獲得した候補が必ずしも大統領になるわけではないのです。テキサスや南部の州では共和党が強いのですが、大統領選挙人が多いカリフォルニアやニューヨークでは民主党が強いという傾向があります。

 選挙結果があらかじめわかっている州では、両候補ともほとんど選挙活動を行っていません。しかし、接戦になっているオハイオ州やフロリダ州などでは、両候補は熾烈な選挙運動を展開しています。これらの接戦州は、どちらかに「スィング」、つまり「揺れる」と全体の勝敗が決するという意味で、「スィング・ステイト」と呼ばれていますが、ロムニー候補の追い上げで、終盤になってその数が増えています。いずれにしても、僅差の、首の差の争いになっています。


 2.選挙の争点は何でしょうか?通商政策はどうでしょうか? 

 今回の最大の争点は、アメリカ経済の再生、雇用の拡大だろうと思います。ロムニー候補はオバマ政権でアメリカ経済は悪化した、もうあと4年は我慢できないと批判し、オバマ候補がオバマ政権でなければもっと悪化していただろうと反論するという構図です。経済再生という目的については、一致しているのですが、具体化する政策に差があります。民主党のオバマ候補が富裕層への増税など政府の積極的な役割を強調するのに対し、共和党のロムニー候補は財政赤字の大幅削減、減税や規制緩和を強調し、小さな政府を訴えています。 

 しかし、通商政策では、両者とも自由貿易を主張している点では同じです。オバマ候補は、前回の大統領選挙では、貿易は雇用を失わせるとして、アメリカがカナダとメキシコと結んだ北米自由貿易協定の見直しを主張していましたが、2010年に輸出倍増計画を打ち出し、貿易を重視する路線に転換しました。韓国との自由貿易協定の締結やTPP交渉の推進に、こうした姿勢が現れています。 

 ロムニー候補も、スィング・ステイトのオハイオ州での演説では、輸出により雇用の拡大を図ると明確に述べています。ただし、中国に対しては、為替を操作することで、アメリカに安い製品を輸出しているとして、対抗措置を講じるべきだという主張を行っています。アンフェアな貿易は許さないという、伝統的な共和党の路線です。いずれの候補も、雇用を拡大するためには、弱い産業を外国から守るだけでは不十分なので、輸出を拡大していかなければならないという考え方は一致しています。


3.それでは、どの政権になっても通商政策は同じと考えてよいのでしょうか? 

 かならずしも、そうではありません。アメリカでは、憲法上、通商交渉の権限は政府ではなく、連邦議会にあります。アメリカ政府の通商代表部、いわゆるUSTRは、連邦議会から権限を与えられて、交渉しています。このため、大統領の考えだけではなく、連邦議会の議員の意向を確認しながら、通商代表部は交渉します。私のWTO交渉での経験でも、アメリカの交渉者が「この内容では連邦議会が納得しない」と何度も言うものですから、他の国の交渉者が「我々はアメリカの議会のために交渉しているのではない」と怒鳴ったこともあるくらいです。

 経済界の利益を重視する保守的な共和党と労働組合や環境団体を支持母体とするリベラルな民主党では、同じく貿易促進といっても基本的な考え方が違います。共和党が自由でフェアな貿易、民主党は政府が介入する管理貿易といってもよいと思います。例えば、TPP交渉では、民主党のオバマ政権は、貿易と労働や環境との関係を重視しています。低い労働基準や環境基準で作られた、安い製品が海外から輸入されることによって、アメリカの労働者や環境基準が悪影響を受けないようにしようというものです。しかし、共和党は、民主党ほど熱心ではありません。

 4年に一度行われる大統領選挙とあわせて、上院と下院の連邦議会の選挙も行われます。上院議員の任期は6年で、2年ごとに3分の1ずつ改選されます。下院議員の任期は2年で、選挙のたびに全員が改選されます。上院、下院も2年ごとに選挙がありますから、今年の選挙から2年後にも、3分の1の上院議員とすべての下院議員の選挙が行われます。これは大統領選挙の中間に行われるので、中間選挙と呼ばれます。

 日本と同じように、今下院は共和党、上院は民主党が多数というネジレ状態です。今年の選挙では、この構造に大きな変化は起きないと予想されていますが、議員の入れ替わりも予想されます。また、2年後の中間選挙では、大きな変化も予想されます。通商政策については、大統領の考え方だけではなく、議会の動向にも注意を払う必要があります。