メディア掲載  外交・安全保障  2012.10.12

尖閣問題―門前払いせず史実確認を―

朝日新聞に掲載(2012年10月4日付)

 尖閣諸島問題についてどのように考えを整理し、対処するのがよいのだろうか。
 日本政府は、中国側が領有の根拠として挙げていることは国際法上有効な論拠でないと片づけている。一種の門前払いであり、中国側の主張は具体的に示されていないので、ほとんどの日本人は知らないまま過ごしている。一方、中国人は政府による厳しい言論統制の犠牲になっており、事実関係はほとんど何も知らない。
 中国側の主張に関して知っておくべきこととして、二つの文献と一つの根本的疑問がある。文献とは、①明清の皇帝から琉球に派遣された使節(冊封使)の記録②明代の海防の範囲を定めた文書(籌海図編)-の二つ。中国政府は1971年に日米が沖縄返還について合意した時から尖閣諸島の領有を主張し始めたが、その際に根拠としてあげた。
 しかし、冊封使の記録にある尖閣諸島は、中国からの渡航経路の途中で目印として出てくるものであり、実効支配していたことを示すものではない。また海防の範囲は領海とは次元が異なり、努力目標に過ぎない。中国側の論理を援用すれば太平洋全域が米国の領海になりかねない。
 一方、一つの根本的疑問とは、「尖閣諸島は中国に属していた」という場合の「中国」はどこにあったか、ということである。中国の版図は王朝ごとに大きくなったり小さくなったりしており、固定した版図を持つ「中国」があったわけではない。つまり、「中国」は一種の総称であり、特定の領土を持つ国家として存在したのではない。それを棚上げにして、「中国のものだ」と主張しても、実証するだけの説得力に欠ける。
 この二つの文献と一つの疑問は、尖閣諸島の問題を考えるうえで、事実関係の当否をきちんと確かめておくべきものである。もちろん、ここに書いたことが百%正しいか否かも確認するべきなのは論をまたない。
 現在、日中両政府とも尖閣諸島は「固有の領土」だと言い合っているが、両国民にとって重要なのは事実を正確に理解することだ。日本政府の「領土問題は存在しない」という立場と門前払いは、その妨げになるのではないか。
 中国がどうしても納得しないのなら、日本側から「国際司法裁判所で解決を図るのにやぶさかでない」という姿勢を示すのが望ましい。日本政府の方針を一部手直しすることにはなるが、その価値はある。中国人に事実を教える機会がほとんどないなか、日本政府が分かりやすい形で中国側主張の問題点を示す場にできるからだ。