メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.10.05

食糧の輸出制限への規制~APEC CEO 参加報告~

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2012年10月2日放送原稿)

1.9月上旬ロシアのウラジオストクで開催されたAPECの会議に参加されました。会議の状況はいかがでしたか?

 APEC首脳会議と並行して、APECの地域の政治的なリーダーと経済界のリーダー達が交流するAPEC・CEOサミットという会議が開催され、私はこれに出席しました。ここでは、16のテーマについてセッション(会議)が開かれ、研究者、経済界のリーダーのほか、各国の大統領、首相や大臣も議論に参加しました。
 APECは、ウラジオストクの沖のルースキー島で行われました。通貨危機で混乱するヨーロッパよりもアジア・太平洋地域を重視したいというロシア政府の意向があるのだと思います。APECのために、ロシアは1.7兆円の投資を行いました。町からルースキー島をつなぐ全長3キロの巨大な橋が建設され、りっぱなAPECの会議施設跡には、ウラジオストク市街にある大学が移転されるそうです。
 会議を手伝ったボランティアに、日本語を勉強する大学生がいて、かなり親日的でした。5日間の滞在中、島から出たのは最後の夜の船上パーティーの時だけでしたが、バスから日本料理の店もいくつか目にしました。親日感情には、勢いを増す中国に対抗するため、日本をより重視したいという気持ちもあるだろうと思います。
 私が参加した食料安全保障についてのセッションには、私とオーストラリアの貿易大臣のほか、世界最大の農業機械メーカーの社長、中国最大の国有貿易企業の社長が参加しましたが、民間の彼らは一様に世界の食料事情に楽観的な見方を示していました。


2.APEC首脳会議では、食料安全保障についてどのような取りまとめとなったのでしょうか?

 APECの4つの優先課題の一つとして、食料安全保障の強化が掲げられていました。首脳会議では、投資の増加や技術革新の進展によって農業の生産を増加させることや、各国が輸出禁止などの措置を取らないことなどが、確認されました。輸出制限措置を取らないようにすることは、私が参加した会議でも、オーストラリアの貿易大臣が強調していました。国際価格が高騰して、途上国の貧しい人たちが食料を買えなくなっているときに、さらに食料の輸出を制限して、供給量を減らせば、価格はさらに高騰すると考えるからです。


3.このような約束は効果があるのでしょうか?

 1993年ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉の最終局面で、日本は輸出制限を禁止すべきだという提案を行いました。日本のような食料輸入国にとって、このような措置は好ましくないという立場からでした。実は、私もジュネーブでこの提案を実現すべく、交渉した一人でした。しかし、この提案はずいぶん抵抗されました。もっとも抵抗したのが、インドの大使でした。日本提案の趣旨はある程度実現しましたが、交渉の結果かなり弱まったものとなりました。
 日本人には実感できないかもしれませんが、途上国にとって、食料を買う経済力があるかどうかということは、決定的に重要です。2008年に穀物価格が3倍に高騰しました。このとき、インドは輸出を禁止しました。ほっておくと、価格が安い国内から穀物が海外に輸出されます。そうすると、国内の供給が減って、国内の価格も国際価格と同じ水準まで上昇してしまいます。この結果、収入のほとんどを食費に支出している貧しい人は、買えなくなります。このような人がインドにはたくさんいます。インドはこれを防ごうとしたのです。たしかに、このようなインドの行為は、国際価格をある程度押し上げ、フィリピンなどの輸入国の貧しい人に影響を与えるかもしれません。しかし、国際社会として、飢餓が発生するかもしれないインドに、輸出しろとは言えないのです。
 では、穀物の大輸出国であるアメリカやオーストラリアが不作になったときに、輸出制限をするだろうかという問題があります。これらの国が輸出制限をすれば大変なことになります。アメリカやオーストラリアが食料を輸出するのは、生産量が多いので、貿易をしなかった場合の国内価格が、国際価格よりも低いからです。つまり、生産量が多少減少して国内価格が上昇したとしても、それが国際価格より低い限り輸出を続けます。それが、輸出産業である農業のメリットになるからです。インドと違い、豊かな先進国では、貧しい人のために輸出制限をする必要はありません。では、生産量がさらに大幅に減少して国内価格が国際価格よりも高くなったらどうでしょうか?このときは、輸入が行われ、国内の消費者の負担が軽減されます。自由貿易に任せるだけで良いのです。だから、彼らは輸出制限を規制しようと日本が提案しても、反対しないのです。
 つまり、国際価格を左右するような大輸出国が輸出制限をすることはないし、全体の貿易量に占める比重の小さいインドのような途上国が輸出制限をしても、なかなかやめろとは言えません。輸出制限についての国際規律はこのような限界を持っています。APECでこの問題が取り上げられたのは、ある程度意義がありますが、食料安全保障の解決のためには、貧困の解決、食料生産の拡大がより重要なのです。