メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.10.05

ウラジオストクのAPEC

新潟日報に掲載(2012年9月29日付)

 APECの首脳会議が8、9日にロシアのウラジオストクで開催された。並行して、APEC地域の政治と経済のリーダーたちが交流するAPEC・CEOサミットが7、8日に開催され、私はこれに招待された。

 この会議では、ロシアのプーチン大統領、中国の胡錦濤国家主席らがスピーチするとともに、16のテーマについてセッション(会議)が開かれ、研究者、経済界のリーダーのほか、各国の大統領、首相や大臣が議論に参加した。50人が討論者として参加したが、残念ながら、日本から招待されたのは私だけだった。

 警備のし易(やす)さを考慮したのだろう。会議場は、沖にあるルースキー島で行われた。ソ連時代、この島には軍事施設が設置され、関係者以外立ち入りが禁止されていた。APEC開催を機会に、通貨危機で混乱するヨーロッパよりもアジア・太平洋地域を重視・強化したいというロシア政府の意向があるのだろう。APECのために、ロシアは1兆7千億円の投資を行った。町からルースキー島をつなぐ全長3キロの巨大な橋が建設された。立派なAPECの会議施設跡には、今後ウラジオストク市街にある大学が移転され、私が宿泊したホテルは、大学の寮となる予定である。

 会議を手伝ったボランティアには、日本語を勉強する大学生がいたし、街なかで日本食の持ち帰り店もいくつか目にした。パトカーも右ハンドルの日本車を見かけた。

 会議の初日、ベトナム国家主席の晩さん会に招待された。私は、日本ではTPP交渉に参加すると米国にやられてしまうのではないかと懸念する声が強いが、ベトナムがこの交渉で米国と対等に渡り合い、その要求を毅然(きぜん)として拒絶している姿に感銘すると述べたうえで、TPP交渉について質問を行った。国家主席は丁寧に答えてくださるとともに、ベトナムは日本の参加を全面的に支持すると述べられた。

 会議では、私は世界の食料安全保障についてのセッションに参加した。2012年のAPECの四つの優先課題の一つとして、食料安全保障の強化が掲げられていた。私のほか、オーストラリアの貿易大臣、世界有数の米国農業機械メーカーの社長、中国最大の国有貿易企業の社長が参加した。意外にも、民間人の参加者は一様に世界の食料事情に楽観的な見方を示した。生産が拡大しないと農業機械も売れないし、食料需要の増加する中国が世界の食料危機の張本人だと名指しされることを恐れるからだろう。

 食料安全保障には、二つの要素がある。食料を買う経済力があるかどうかと、食料を現実に入手できるかどうかである。

 食料品価格が上がると、収入のほとんどを食費に支出している貧しい途上国の人は、買えなくなり、飢餓が生じる。先進国が港まで食料を無償で援助しても、輸送インフラが整備されていないと、食料は内陸部まで届かない。現在世界は、人口すべてを養うだけの食料を生産できる。しかし、先進国で肥満問題がある一方で、途上国に約10億人の栄養不足人口があるのは、経済的に貧しくて買えない人やインフラが十分ではなくて入手できないという人がいるからだ。

 これが、通常FAO(国連食糧農業機関)などで議論される場合の食料安全保障問題である。日本のように低い自給率をどうするかという意味で、食料安全保障が議論されることはまずない。

 飢餓をもたらす価格上昇は、将来的には増加する需要に生産が追いつかない場合に、発生する。人口や所得の増加による需要増加、耕地の制約、地球温暖化などによる生産への影響を考えると、楽観的な見方はできない。世界は生産力向上のため、研究開発や投資の拡大を行うべきだろう。短期的にも、4年前や今年起きたように、干ばつによる不作や石油価格の上昇によるトウモロコシのエタノール仕向けの増加などで、価格は高騰し、貧しい人は食料を買えなくなる。世界の食料安全保障は長期と短期の食料危機に対応するものでなければならない。