メディア掲載  外交・安全保障  2012.09.28

強大化するとは限らぬ中国

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2012年9月20日)に掲載

 2012年7月28(土)~29日(日)、キヤノングローバル戦略研究所は「2022年中国経済崩壊?」をテーマに第11回PAC政策シミュレーションを実施し、その概要を産経新聞に掲載しました。



 今年夏、筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所は中国に関する政策シミュレーションを実施した。昨今中国といえば、その「強大化」ばかりが話題になるが、今回は経済成長が頭打ちとなり、「弱体化」していく中国を考えてみたかったのだ。
 本シミュレーションは、近未来の2020年代、格差拡大、不正腐敗が続く中国で悪性インフレが進み、同国南部主要都市で始まった市民・出稼ぎ労働者による大規模反政府抗議運動が同国全土に波及するとの想定の下で実施された。
 同シミュレーションには金融専門家、国際政治・経済学者、ジャーナリスト、現役官僚・OBなどを含む約50名が参加し、日米中韓EU政府の政策責任者、マーケットおよびメディアに分かれ、24時間、さまざまな政策決定、国際交渉、報道などがリアルに再現された。
 2020年代、欧州経済はマイナス成長が続き、世界経済も深刻な不況に突入する。金融自由化を進めた中国経済は貿易収支が赤字に転落、成長率も4%となり、景気は悪化する。中国政府は金融緩和と財政支出拡大による景気刺激策を実施する。
 中国の金融機関はなり振り構わぬ不動産投機に走るが、中国政府は悪性バブルと知りつつも、目先の成長率確保を優先する。天候不順で肉、野菜などの価格が上昇したため、南部主要都市で市民・出稼ぎ労働者による大規模な反政府抗議運動が始まる。
 今回のシミュレーションにより、中国経済が混乱すれば日本は政治・経済両面で難しい意思決定を求められること、混乱回避のためには今から中国と周辺国がさまざまな措置を検討しておく必要のあること、等が改めて認識できた。特に次の諸点が重要である。
・2008年のリーマン・ショックの際とは異なり、中国経済の悪化が反政府抗議デモなど深刻な政治運動を伴う場合、マクロ経済政策だけでは問題を解決できない。
・こうした経済的混乱を短期間で改善・解決できる特効薬はない。また、国内の政治的混乱が深まる場合、中国が対外的冒険主義に依存しようとする誘惑も高まる。
・経済的混乱と政治的混乱が同時に発生すれば、エコノミストが考える経済政策と、政治家など非エコノミストが考える政策判断との間に、深刻なギャップが生ずる恐れがある。
 幸い、経済的混乱が近い将来中国で発生する可能性は低い。だが、万一こうした事態が起きた場合、日本を含む周辺国の政策責任者は、マクロ経済政策のみならず、安全保障上の手段を含むさまざまな措置を加味した総合的な「政策ミックス」が求められるだろう。
 中国をめぐる諸問題の原因は中国の軍事的「強大化」だけではない。今回のシミュレーションのように、中国の経済的「弱体化」が深刻な事態を生む可能性も十分ある。日本でもこうした「政策ミックス」のあるべき姿を普段から議論しておくべきだろう。 そのためには問題意識を共有する政治家、国際政治の専門家、経済官庁と民間のエコノミストらが一つのチームを作り、東アジア各国に対する外交、経済進出、投資政策などに関する総合戦略を企画立案していくことが必要だ。
 残念ながら、現在わが国にはそのような政策企画立案の枠組みがない。中国が強大化しても、弱体化しても、日本の安全保障に対する影響が大きいことに変わりはない。次回総選挙後は、そのどちらにも対応できるよう、対中戦略を再検討しなければならない。


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<PAC政策シミュレーションとは>
 日本の外交・安全保障政策がタイミングよく立案・実施されていない原因の一つは、政治家と官僚とのインターフェイスが欠如しているからではないかと考えられる。この状況を少しでも改善するために、日本型「政治任用制度」を導入するのが一つの解決策ではなかろうかとの問題意識に基づき、キヤノングローバル戦略研究所は、将来の政治任用候補者(Political Appointee Candidates: PAC)を公募し、彼らを政策シミュレーション(可能な限り現実の政策決定過程に近いヴァーチャルリアリティ)の中で鍛え、一人前の政治任用スタッフ候補として養成しようとしている。2009年7月から始めたこの活動は、官僚組織に挑戦し、これを代替しようとするものではなく、政治と行政のインターフェイスとして働き、政治家とともに政治的責任を自らとる政治任用スタッフを導入することにより、官僚を政治的責任から守り、官僚組織が本来持っている政策形成機能を再活性化させることを目指している。