メディア掲載 グローバルエコノミー 2012.09.06
食料安全保障には、二つの要素がある。食料を買う資力があるかどうかと、食料を現実に入手できるかどうか、である。貧しい途上国では二つとも欠けている。食料品価格が上がると、収入のほとんどを食費に支出している人は、買えなくなる。特に、生命維持に必要なカロリーを供給する穀物の価格高騰の影響は深刻である。このとき、先進国が港まで食料を援助しても、内陸部までの輸送インフラが整備されていないと、食料は困っている人に届かない。
所得の高い日本では、穀物価格が高騰しても、食料危機は生じない。国内の飲食料品の最終消費額は2005年で73.6兆円、このうち穀物を含む輸入農水産物は1.2兆円にすぎない。08年に穀物価格が3倍に高騰し、途上国で食料危機が生じたが、わが国の食料品物価は2.6%上昇しただけである。
日本で生じる可能性が高い食料危機とは、東日本大震災で起こったように、お金があっても、物流が途絶して食料が手に入らないという事態である。最も重大なケースは、日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけないという事態である。
このときは国内生産で対応するしかないが、必要な農業資源、特に農地が確保されていなければ飢餓が生じる。しかし、食料自給率向上や食料安全保障が叫ばれる傍らで、農地はかい廃され続けた。1960年以降、現在の水田総面積とほぼ同じ250万ヘクタールもの農地が、耕作放棄や宅地などへの転用によって消滅し、今では459万ヘクタールの農地しか残っていない。国際的な穀物価格の高騰と食料自給率の低迷が、真の食料安全保障に必要なものは何かという議論を生むことを期待したい。