米国で開かれたTPP交渉後の記者会見で、ベトナムの交渉官は、「日本が8月末まで決断すれば、カナダ、メキシコと一緒に交渉できる」と発言した。
新しい国が交渉に参加できるのは、アメリカ政府が連邦議会に当該国の参加を通報してから90日経過したのちである。昨年11月のAPEC首脳会議の際、日本のTPP「事前」交渉参加への参加表明にあわてて交渉参加表明をしたカナダ、メキシコについては、アメリカ政府はすでに連邦議会に通報しており、両国は12月から交渉に参加する。日本が12月から交渉に参加できるようになるためには、8月末までにはっきりと参加表明する必要がある。
アメリカ政府としても、できれば日本に参加してほしい。これまで、カナダ、メキシコに対しては、両国の交渉参加以前に現TPP交渉参加国で合意した事項は変更させないとしていたのに、7月11日の記者会見でアメリカのワイゼル首席交渉官がこの姿勢を変更し、合意内容を更新(見直)していくと発言したのは、経済大国日本が参加するのに、日本の利害を交渉内容に反映させないのは適切ではないという考え方だろう。
先月来日したクレイトン・ヤイタ―元米国通商代表(元農務長官)は、日本を二流国として扱うのは適切でないと強調していた。アメリカは将来TPPに中国を取り込み、経済活動を歪曲している中国国営企業(国家資本主義)をルールによって規律したい。そのためには、日本のTPP参加が戦略的に重要だと考えているのだ。
ワイゼル首席交渉官が、日本がカナダ、メキシコと同時に交渉に参加することが望ましく、日本の参加という決断を待ち続けていると発言したのは、このような事情を反映したものだろう。
しかし、アメリカも、日本が参加表明するのなら遅くても8月までにしてもらいたいという意向だろう。アメリカの自動車業界は日本の参加に反対している。TPP反対派の経済評論家諸氏はアメリカが課している2.5%の自動車関税など大きなものではないと主張していたが、アメリカの自動車業界の認識は全く異なる。彼らは、関税撤廃は、日本の自動車業界に10億ドル(8百億円)の補助金(2.5%の自動車関税に相当)を与えるようなものだと主張しているのだ。
9月になれば、アメリカの大統領選挙は目前に迫っている。自動車産業が盛んなミシガン州などは、大統領選挙の結果を左右する。これに配慮して、すでにロムニーは日本のTPP交渉参加は好ましくないと発言している。9月に日本が参加表明すれば、大統領選挙の争点になりかねない。オバマもロムニーと同様の発言を強いられると考えているのだろう。
もちろん、オバマが前回の大統領選挙でNAFTA(北米自由貿易協定)の見直しが必要だと主張したのに、これまで何らのアクションも取っていないように、当選後選挙中の発言に拘束されるものではない。しかし、それでも何らかの影響は生じかねない。
いずれにしても、球は日本側のコートに投げ込まれている。日本は参加するかどうかの決断を迫られているのだ。では、日本の事情はどうだろうか。
民主党内で、TPP反対派は消費税増税反対派とダブっていた。両方に反対していた議員が多い小沢グループが民主党から離脱しても、同じ主張の鳩山由紀夫、山田正彦、原口一博、川内博史らの議員は民主党内にとどまっている。これまでの通商交渉と同じく、本来TPP交渉参加は政府が判断することで、与党と相談する必要はないのだが、野田総理としては、TPP交渉参加を決定すれば、これらの議員も民主党を離党するか、小沢新党が提出する内閣不信任案に同調しかねないという心配があるのだろう。
しかし、自民党も公明党も消費税関連法案が参議院を通過するまでは、内閣不信任案に賛成しない。つまり、野田総理は、解散、総辞職に、追い込まれることはない。消費税関連法案が成立するまでに、TPP交渉参加を決断すれば、野田総理は、消費税増税、TPP参加、原発再稼働という困難な課題について、決断した政治家となって歴史に名をとどめる。
その後に、内閣不信任案が提出、可決される可能性について、野田総理はある程度覚悟しているのではないだろうか。7月12日の衆院予算委員会で、消費増税について「次期衆院選マニフェストに明記したい」と述べた上で「マニフェストに明記することに賛同できないのならば、党公認の基準から外れる」と述べ、消費税増税に反対する議員は公認しない考えを示している。
これは当然の主張である。民主党のマニフェストに反対する議員が、同党から立候補することは、分裂選挙を認めたことと同じだからである。逆にいうと、鳩山由紀夫氏らが離党してもやむをえないという覚悟を示したのだろう。
日本としても、TPP参加決断のデッドラインは、消費税関連法案が成立するまでの8月末となろう。