メディア掲載 グローバルエコノミー 2012.07.24
1.穀物価格が上昇しているようです。
アメリカで国土の6割が干ばつに見舞われており、作物への被害が深刻になっています。アメリカ農務省は、作柄の悪さは1988年以来24年ぶりだとしています。これを受けて、トウモロコシと大豆の国際価格は史上最高の水準で推移しています。
2.2008年にも穀物価格が上昇し、世界各地で食料危機が起きました。
2008年、穀物価格が3倍に上昇しました。しかし、このときは、穀物の生産がそれほど被害を受けたわけではありません。価格高騰にはいろいろな要因が指摘されていますが、大きな要因は、トウモロコシが食用ではなく、ガソリンの代わりとなるエタノールの原料として使用され始めたことだったのです。石油を燃やすと地球温暖化ガスが発生します。これに対して、植物は温暖化ガスを固定しますので、これを燃やしても、固定した温暖化ガスを放出するだけで、新たに温暖化ガスを作り出すわけではない。こういう理由で、エタノール生産が振興されました。アメリカ政府は、エタノール工場建設への補助など様々な助成措置を講じました。地球温暖化と農家所得向上の対策として一石二鳥だと考えられたのです。2008年には原油価格が上昇したので、エタノール生産が価格面でもますます有利となり、多くのトウモロコシがエタノール生産に仕向けられました。トウモロコシにとっては、新しい需要が生じたので、価格は上昇しました。
トウモロコシの価格が上昇したので、アメリカの農家は大豆生産をやめてトウモロコシの生産を増やしました。このため、供給が減少した大豆の価格も上昇しました。また、トウモロコシのほとんどが家畜のエサとして使用されますが、小麦も一部は家畜のエサとして利用されます。トウモロコシの価格が上昇すると、畜産農家は小麦の使用を増やすようになるので、小麦の需要が増え、価格も上昇します。小麦価格が上昇すると、消費者は代替品である米の消費を増やそうとするので、米の需要が増え、価格も上昇します。こうしてトウモロコシだけではなく、大豆、小麦、米の価格も上昇したのです。つまり、石油価格の上昇が穀物価格の上昇につながりました。もちろん、投機マネーが原油や穀物などの商品市場に流入したことも、大きな要因として指摘されました。
穀物価格が高騰したので、フィリピンなどの穀物の輸入国では食料危機が発生しました。インドや中国などの国でも、国際価格が上昇すると、国内から海外市場への穀物輸出が増え、国内市場への供給が減少し、価格が上昇します。そうなると貧しい人が食料を買えなくなるので、輸出を制限する措置を講じました。
3.2008年と今回の価格高騰を比較するとどうでしょうか?
2008年の穀物価格高騰の大きな原因を作ったのは、原油価格の高騰でした。現在原油価格は2008年の最高価格よりも3割から4割程度低い水準です。現在では、アメリカのトウモロコシの40%がエタノール生産に仕向けられています。国内での家畜のエサとして36%、輸出が13%、食料やでんぷんなどの工業用が11%です。トウモロコシの価格が上昇しているので、エタノールの価格が上昇しています。原油価格が落ち着いている(上がっていない)ので、エタノール生産の価格面でのメリットが薄れてきています。トウモロコシのエタノール生産仕向けが減少し、エサ用などへの仕向けが増える可能性があります。このため、生産の減少による影響はある程度緩和されると考えられます。
トウモロコシと大豆については、世界の輸出に占めるアメリカのシェアは4割から5割もあるので、アメリカの減産が世界貿易に大きな影響を与えます。世界的には、トウモロコシは家畜のエサ、大豆は油の原料で、その搾りかすが家畜のエサとして使われます。つまり、直接食用として人が摂取するものではありません。大豆を豆腐やしょうゆの原料として使う日本などの東アジアの国は例外です。しかし、食用として利用される小麦と米については、アメリカ以外の国でもたくさん生産され、現在世界の供給量は十分にあるので、食料危機を起こすほどのものではありません。小麦についてはロシアで2割ほどの減産が公表されたため、価格が上昇していますが、まだ2008年の水準よりも30%ほど低い状況です。米については、供給は十分にあり、現在の国際価格は2008年の4割以上も低い状況です。つまり、トウモロコシ価格から小麦、米の価格への波及は今のところ限定的です。このため、2008年のような世界的な食料危機が生じるとは、考えられないと思います。
4.日本への影響はどうでしょうか?
アメリカの畜産も日本の畜産も、アメリカの穀物をエサとして使用していることには変わりありません。牛肉、豚肉、鶏肉などの畜産物については、輸入も国産も価格が上昇する可能性があります。また、日本は油だけではなく、豆腐やみそ、しょうゆの原料として、アメリカの大豆を使用しています。これら大豆製品の価格にも影響が生じます。
しかし、小麦については、国産麦の価格補てんの原資とするため、農林水産省は輸入麦から課徴金を徴収し、輸入価格の倍近い価格で製粉メーカーに売却しています。国際価格が上昇すると、価格補てんの程度が薄れるため、課徴金も減少します。つまり、ふだん国際価格の倍の価格を国民が負担しているので、国際価格が上昇してもそれほど影響は生じません。
そもそも、国内の飲食料の最終消費額は2005年で73.6兆円、このうち輸入農水産物は1.2兆円にすぎません。輸入農水産物の一部である穀物の価格があがっても、最終消費には大きな影響を与えません。また、名目価格は史上最高ですが、一般物価の上昇を考慮すると、穀物の実質価格は1960年代、70年代よりも低いという指摘もあります。落ち着いた対応が必要だと思います。