メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.06.27

郡司彰農水相人事に見る野田政権短命の覚悟

WEBRONZA に掲載(2012年6月12日付)

 新しい農相に郡司彰氏が就任した。農協出身の農林族議員であり、TPP参加に反対する民主党議員でつくる「TPPを慎重に考える会」の副会長を務め、入閣が内定した後、記者団にTPPについては「情報開示と国民的議論が十分という認識にはなれない」と述べたと言われる。その後もTPPには否定的な見解を披露している。
 TPP交渉参加に積極的な野田総理が、どうして自己の方針に反する大臣を任命したのだろうか?
 農林族議員を農相に据えて、農林族のTPP反対意見を抑えようとするとの見方もあるかもしれない。しかし、民主党内のグループのリーダーである党内重鎮の鹿野前大臣であれば、その可能性もないわけではないが、郡司氏にその力が備わっているとは考えられない。農協からは、鹿野前大臣のように、TPPに反対できる政治力がないことを不安視する声もある。
 郡司氏の農相就任は、野田総理に近い将来TPP交渉参加を決断する意思がないことを示している。そうは言っても、新閣僚の任命には野田総理の意図や理由があるはずである。それは何だろうか?
 一つは、民主党農林族議員の層の薄さからくる消極的な理由であろう。本来、農相候補の一番手に挙げられるはずの筒井前農水副大臣は、機密漏えい事件との関連があり、鹿野氏とともに、農水省を去っている。山田元農相や篠原孝元農水副大臣はTPP反対派の急先鋒であり、彼らを農相に任命すれば、民主党政権はTPPを完全に諦めたというメッセージを内外に表明することになる。
 他の農林族議員は人が少ないうえ、行政経験のある人はさらに少ない。農水省は、BSEや汚染米など突発的な事件の処理に悩まされてきた。農水行政の経験がある人でなければ怖い。このため、行政経験を持つ副大臣経験者のなかから選ぶとすれば、郡司氏しかいなかったのではないだろうか。
 もうひとつは、郡司氏を任命することで、この改造内閣が続く間は、TPP交渉への参加表明はしないというメッセージを民主党内に伝えたかったのではないだろうか。
 TPP交渉の年内妥結はないことが、民主党内の反対派にも浸透するようになった。野田総理としては、消費税増税を何としても実現したい。党内の大きな争点を消費税だけにしぼりたい。TPPという争点が残ったままでは、野田総理への反対の声が強くなる。小沢グループのように、消費税にもTPPにも反対する人が多いが、なかにはTPPには反対だが消費税には理解を示す議員もいる。消費税に政治生命をかけている野田総理としては、その一点突破にかけているのではないだろうか。
 防衛大臣に民間の専門家を据えたのも、消費税以外に問題を抱えたくないという意図なのだろう。確かに、アメリカでも国防長官等の閣僚は選挙で選ばれた連邦議会議員ではない。しかし、アメリカの場合、長官等の閣僚人事は連邦議会の承認を受ける。これで国防長官は議会を通じた国民の信任という政治的な正統性を獲得する。国防を預かるという極めて政治的軍事的なポストに民間人を起用したことは、農政と同様民主党内の人材不足を印象付けたほか、与党からも批判を受けることとなった。
 いずれにせよ、消費税法案が自民党の賛成を得て可決されても、民主党内で大きな亀裂が生じ、内閣総辞職または解散・総選挙となろう。自民党が要求している最低保障年金の取り下げ等に応じれば、民主党内の小沢グループ以外からも反発を受けてしまうからである。自民党の有力議員は、数日前「消費税法案を通すことができない野田総理は総辞職する。後継総理は、細野豪士環境大臣になるだろう。彼なら、選挙になっても民主党は惨敗はしない。自民党も大勝はできないからだ。」という見通しを、私に述べていた。
 消費税にかける野田総理はこの内閣は短命だと覚悟しているのではないだろうか。それが、郡司氏の農相任命に表れているようである。