メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.06.18

TPP交渉の現状

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2012年6月12日放送原稿)

1.TPP交渉については、今年中に妥結するという予測が昨年までありましたが、今の状況はどうでしょうか?
 アメリカのオバマ大統領が今年2012年中の決着を目指すといったから、12年に妥結する、今から交渉に参加しても遅いと、TPPに反対する人たちは主張していました。しかし、昨年からワシントンの大学やシンクタンクなどにいる通商交渉の関係者は、みんな2012年中の妥結は困難だと言っていました。今では、アメリカの政府関係者ですら、2012年中の決着という言葉を口にしなくなっています。これから9月のAPECサミットに合わせて開かれるTPP交渉国の首脳会合まで交渉が妥結することはないでしょう。決着できなければ、アメリカが大統領選挙に突入するので、今年中の決着は不可能です。9月以降TPP交渉は来年2月頃まで開店休業になるのではないかと思います。
 9月まで交渉をまとめられないという見通しには、いくつかの理由があります。アメリカは、貿易と労働、貿易と環境、国営企業に対する規律や知的財産権など、自国の提案自体についても、なかなか他の交渉国に示すことができない状態が長く続きました。21世紀型の高いレベルの協定にするのだという意気込みから、そうとう野心の高い提案をしようとしたため、アメリカ国内の対立する利益や意見の調整に時間がかかったのです。現在やっと提案が出そろったばかりです。しかし、現在でも、アメリカは提案の内容を詰め切れていないところがあります。これから他の交渉参加国と交渉するのですから、合意に至るまで相当時間がかかります。また、砂糖、乳製品、繊維などアメリカの弱い部分の関税をどうするかなどの交渉はほとんど進んでいません。大統領選挙を前にして、オバマ政権が選挙に不利な内容を伴う交渉を妥結できるはずがありません。

 

2.交渉の具体的な状況は、どうなっているのでしょうか?
 ようやくアメリカの提案がそろい、どの国も反対しないような周辺分野の交渉から、重要で核心的な分野の交渉に入ってきた状況だといえると思います。しかし、交渉が核心に近づけば近づくほど、各国の利害が対立するようになります。
 特に、新しくアメリカが提案してきたところで、アメリカは他の国から強い反対を受けています。レベルが高すぎるのです。例えば、貿易と労働、貿易と環境という分野では、アメリカは途上国から、低い労働基準や環境基準で作られた安い工業製品が輸出され、アメリカの雇用が失われることを心配しています。このため、国際的な基準を守らない国には、TPPの手続きに訴えて法律的にも是正させるべきだと提案をしているようですが、途上国だけでなく、多くの国がこれに反発しています。
 逆に、オーストラリアやニュージーランドのような農産物の輸出国からは、農業についての厳しい提案がアメリカに対して行われています。アメリカは農産物を輸出するときに、直接補助金を出して競争力を高めるというようなことはしていないのですが、途上国がアメリカ農産物を輸入するときに代金を支払いやすくするような制度を持っています。また、食料を途上国に援助するといえば、聞こえは良いのですが、これは農産物代金全てに輸出補助金を出すことと同じです。これまでもアメリカの農産物が余ると食料援助が増えるという関係が見られました。つまり本当の援助とそうでない援助との区別が必要になります。これらについて、WTOのドーハラウンド交渉で新しい規律が作られようとしたのですが、ドーハラウンド交渉は中断して、再び立ちあがるめどは立っていません。オーストラリアやニュージーランドは、WTOの代わりにTPPを利用してアメリカの農産物輸出に規制をかけようとしているのです。
日本がTPP交渉に参加すると、アメリカに一方的にやられるのだという主張が多かったのですが、最近の交渉状況をみると、むしろアメリカが孤立しているような感じさえ受けます。

 

3.新しく交渉に参加しようとする国々の状況はどうですか?
 今、参加表明をしているのは、日本、カナダ、メキシコです。日本は態度をはっきりさせていないのに対して、カナダ、メキシコは参加するのだと、首相、大統領がはっきりと表明し、首脳自ら積極的に早期参加を働きかけています。これに対して、日本は郵政民営化を後退させるような法律改正を行ったため、アメリカの中には日本は真剣に交渉に参加したいのかという見方も出てきています。
 アメリカの連邦議会の下院議員の中には、それぞれ30名近くの議員がカナダ、メキシコが早く参加できるよう、政府に要請しています。しかし、日本については、そのような動きはありません。この三ヶ国の中で、最も交渉参加に近いのは、メキシコ、次にカナダ、遠く離れて日本だと言われています。メキシコ政府は、他の国は遅れてもよいから、メキシコをまず加入させてほしいと言っていますし、アメリカ政府の担当者も、ある国の準備が整うまで、他の国に参加を待たせることは適当ではないと言っています。ほかにも、タイ、フィリピン、ラオスやコスタリカまで、関心を示しています。
日本の反対論者の人たちが問題視してきた公的医療保険も単純労働者受け入れもTPP交渉の対象ではないと、アメリカは明言しました。それなのに交渉参加を決断できない日本は広いアジア太平洋地域の自由貿易圏から取り残されようとしています。