コラム 外交・安全保障 2012.05.31
フィリピンと中国が南シナ海のスカーボロー礁で摩擦を起こしている。尖閣諸島問題とも共通点があり、日本にとって参考になるケースである。
事件は今年(2012年)4月10日、フィリピンの海軍艇が中国漁船を拿捕しようとするのを中国の漁業監視船が間に割り込んで阻止したことから始まった。フィリピンは中国漁船が違法操業していたと主張する一方、中国は嵐を避けて岩礁地域(ラグーン)内へ入っただけだと反論している。5月28日で7週間が経過するがまだ解決しておらず、にらみ合いが続いている。
中国側から見るとフィリピンは小癪な真似をしていると映るのであろう。インターネット上では、「中国は決してペーパードラゴンでない」「フィリピン軍よ、米軍の鎧を捨てよ」「中国側は第2級の戦争準備に入った」「中国は最後通牒を発した」などと恐ろしい言葉が飛び交っている。
フィリピンが米国の支援を頼みにするのは当然であろう。米比間には1951年に締結された相互防衛条約があり、これに基づき両国の軍隊は毎年何回か合同演習を行っており、スカーボロー礁で緊張が発生した直後の4月16日からも(27日まで)フィリピン沖で合同演習を行った。
さらに米比両国は4月30日、ワシントンで外務・国防両相の協議を行った。いわゆる2+2と呼ばれるもので日本と米国の間ではこれまで何回も行われてきたが、フィリピンとの間では初めてであった。両国は協議後に発出した共同声明で、航行の自由の確保が共通の利益であること、国際法のルールに従って紛争を平和的に解決すべきこと、相互防衛条約上の義務を守り、防衛協力をいっそう強化していくことなどについて意見が一致したと表明した。米国はフィリピンと第三国との間の「領土紛争」に介入しない方針であることも同時に確認されたが、この2+2協議が全体としてスカーボロー紛争におけるフィリピンの立場を強化したことは間違いない。
中国はかねてから、この海域において東南アジア諸国との間に発生している問題に米国が介入することを嫌っており、南シナ海は中国の「核心的利益」であると宣言し(正確な意味は必ずしも明確になっていないが、「他国には譲れない利益」であるとも説明されている)、米国といえどもそれを損なうことは許さないと言ったこともある。
これに対し米国は、この海域の平和と安全が維持され航行の自由が確保されることは米国自身の利益であると言っており、東南アジア諸国との協議・協力はあくまで継続する姿勢を取っている。
またロシアも、スカーボロー礁での緊張状態に興味を示し始めた。ロシアの在フィリピン大使が、「ロシアは米国と同じくこの地域の一員でない」と前置きした上、ロシアとしては「外部勢力が南シナ海における領土紛争に介入することに反対である。これはロシアの正式の立場である」と語ったのである。
この発言をどのように解すべきか。まず、米国の介入に反対する中国をロシアが支援したことが考えられる。ロシアも中国も直接米国と対立することはさすがに少ないが、アラブの春と呼ばれる民主化運動やミャンマーなどにおいて米国および西側諸国の主張に異議を唱え、反対しており、同様のことが南シナ海にも広がってきたかという問題である。
しかし、ロシアの立場についてはそのような文脈で見るだけでは説明できない側面がある。ロシアは太平洋国家であり、そこでの活動は米国や中国と比べると目立たないが、将来はもっと活発化する可能性がある。かつて中ソ対立が激しかった頃、ロシアはベトナムと緊密な関係を保ち、ベトナムの軍港を利用していた。その時と比べると中ロ関係も米中関係も非常に変化しているが、ロシアは依然としてベトナムと良好な関係を保ち、南シナ海での石油の開発に協力している。また、ロシアにとって東南アジアはその武器を輸出する市場である。南シナ海を通過するロシア船が将来増えることもおおいにありうる。
中国は、この地域で起こっている問題に米国が介入してくることを警戒しているが、ロシアが協力しているベトナムとはフィリピン以上に衝突しており、ロシアと中国の利益は一致していないはずである。
ロシア大使の発言は、域外国としての遠慮を示しつつ、米国の影響力のさらなる増大を嫌う中国に同調したように聞こえるが、一皮むけばこの海域でのロシアと中国の利益が一致していないことが表面化するであろう。また、南シナ海の問題に限らず太平洋における活動を、ロシアとして今後どのように強化させていくかという大きな戦略問題があり、ロシア国内には明確な戦略策定を求める議論がある。プーチン大統領は就任早々アジア・大洋州地域を重視する姿勢を示した。将来、ロシアは南シナ海の「域外国」と言うだけではすまなくなる可能性もあるのではないか。