メディア掲載  エネルギー・環境  2012.05.08

物流のシステム・イノベーションと高速道路の果たす役割

高速道路と自動車 第55巻 第3号(2012年3月)に掲載

1.物流改革と地球環境
 地球温暖化抑制という環境制約が物流システムの改革を促している。物流コストと物流時間の削減は我が国の産業競争力にとって大きな課題であるものの、高速道路料金の高価格や港湾の非効率性もあってなかなか改革が進まない。特に東京港のコンテナターミナル周辺のトレーラーによる大渋滞の実情を目にすると、その非効率性はさらに悪化しているように思えるし、何よりも物流業者の経営も渋滞によって悪化しているのではないかと懸念される。さらに地球温暖化抑制のために低炭素物流が叫ばれている。トラック輸送の二酸化炭素排出量は船の5倍、鉄道の10倍にも達するもので、トラックから鉄道・海運へのモーダルシフトは温室効果ガス削減の必須の条件であるにもかかわらず、思ったようには進まない。モーダルシフトを強力に推進するためには既存の物流システムを活用する程度では大幅な削減は期待できず、物流インフラの抜本的改革を伴うシステムのイノベーションが必要である。貨物輸送全体からみれば鉄道輸送も内航海運による輸送も微々たるものに過ぎず、過度にトラック輸送に依存する物流システムをどのように変革するかのグランドデザインもまた不在なのである。このイノベーションはトラック輸送と鉄道輸送及び海運による輸送の接合点または結節点の改革こそがその中核で、それは港湾である。港湾は海運と陸運の接合点だけではなく港湾と鉄道の接合点にもなり得、実際、欧米における港湾改革の中心の1つは、すでにある鉄道と海運との接合をより合理的な接合に改革することにある。
 この改革は接合点における滞留時間や手間を大幅に省き、物流の一層のシームレス化をはかることを目標にしているのである。
 日本の港湾が国際競争力を失ってから久しい。港湾の競争力は荷物の滞留時間と積み降ろしコストにあり、港湾力の挽回のために我が国でもやっと公設民営による経営と機能増強がはかられるようになってきているものの、海運や陸運(特に鉄道)とのシームレスな機能を付与するような構造改革が行われるには至っていないのである。
 グローバルな経済体制下においては、港湾の国際競争力ばかりではなく、陸運の国際競争力や内航船の国際競争力をも問われており、その三者を統合したネットワークシステムが国際的に見て高効率で低コストであることが重要なのである。


2.先行する欧米とアジアの主要港の改革
 米国では世界経済のグローバル化によって米国発着の海上荷動き量が飛躍的に伸びて、従前の港湾の作業効率では港湾機能が破綻すると、すでに10 数年も前に予測された。そこで産官学軍合同でCCDoTT(Center for the Commercial Deployment of Transportation Technologies:運輸技術の商業普及センター)プログラムが1995 年以来実施されてきた。この中で港湾の荷役システム改革を含む先端港湾ターミナル・システムの開発が行われた。このシステムはIT やリニアモーター等の先端技術を導入したもので、利用者の利便性を徹底的に高めることを主眼にしている。海運と鉄道のよりダイレクトな結合を中心として、港湾の効率と機能を抜本的に高めるターミナルの詳細な設計とシミュレーションにより経済的及び技術的妥当性を検討し、タコマ港をモデル港湾としてその有効性を実証する試みもなされた。
 また、このプロジェクトには韓国企業も参加しており、その成果を織り込んだ形で韓国の新しい港湾建設に資する努力がはかられたことと思われる。釜山港は絶えざる港湾改革と拡張を進め、次世代港湾関連システムをいち早く稼働させ、港湾の国際競争力を著しく高めた。その結果、アジアの主要港で日本発着の荷物を積み替える比率が急増し続ける結果を招いた。
 中国の港湾は飛躍的に取扱量を増やし、特に激増するコンテナ(年間1億TEU を超えるレベル、日本は総計1,300 万TEU)に対して、次々と大新港を建設完成させ、世界中の先進的港湾を見習って高機能な港湾物流システムの構築へ向けて発展中である。超大新港の上海の洋山深水港ばかりではなく、既存の大連港は物流システム大改革によって近未来型の港湾都市へ生まれ変わろうとしている。大連港は古くから鉄道と海運の直結する港湾であり、さらに臨海幹線道路と工場集団間を直結させることによるシームレス化がはかられている。


3.我が国の港湾改革構想
 我が国でも近年、港湾改革と新しい物流改革ビジョンが政策として構想されてきた。安倍元首相によるアジアゲートウェイ構想や前原 元国土交通大臣による海洋国家成長戦略、さらにはエネルギー基本計画におけるモーダルシフト率の向上目標などは、国際動向を踏まえた機動的かつ大局的な政策目標である。しかし政権交代や不安定な政局もあって、アジアの成長と交流を取り込んだ具体的な施策実現へ向けて、港湾機能の抜本的改革、鉄道・海運のフィーダー網の抜本的な能力強化が進んでいるとはいえない状況にある。
 高速道路も貨物鉄道も港湾も民営化もしくは公設民営化しているのであるから、公的資金による設備投資と民間活力を生かした経営によって、上記の政策構想の実現をはかることが期待されているものの、進んでいるとはいえない状況である。


4 .現状認識をふまえ、あるべきビジョンとその実現へ向けて
 現状の物流ネットワークは海運・鉄道・陸運とも距離、時間、コストにおいてシームレスになっておらず、また利用者の利便性に欠けていることはこれまでも指摘されてきたところである。アジアで展開されるグローバルな物流の熾烈な競争に打ち勝つことはこのままではとても期待出来そうにもなく、アジアにおける国際分業を担うことすら危ぶまれ、物流ばかりではなく産業までもが日本回避の方向にある。
 海運と陸運の港湾上におけるスムーズな結合を達成し、また日本中どこへでも国際標準のコンテナが迅速かつ安価に流通できるようになるべきであると今更ながら指摘せざるを得ない。港湾もまた世界の大型コンテナ船や大型バルクキャリアの動向に対応できないばかりか、港湾の迅速な積み降ろし機能も高速道路、鉄道へのアクセスも利用者の利便性の悪いままになっている。

 あるべき姿は明らかである。港湾、海運、鉄道、高速道路それぞれの利便性を増すだけではなく、これを有機的にむすび、アジアで展開されている迅速で安価な物流システムに同等もしくはそれ以上の機能を付与させることにある。陸海空を連結させて新しいネットワークシステムを構築するためには、そのベストミックスとなる全体設計を利用者の利便性とスピード、コストミニマム、及び二酸化炭素の排出制約の下に案画し、公設民営によって達成することにある。そのための具体的施策は以下の3点に集約することができる。

(1) 港湾を中核とする海運、鉄道、高速道路との連結点における相互乗り入れ
 温暖化抑制のための低炭素物流の導入を考えれば、鉄道と海運の連結、すなわちモーダルシフトが重要で、総合的な物流体系のなかで位置づけられるべきである。また利便性とスムーズな物流ネットワークのためには高速道路に繋がる基幹道路の港湾乗り入れやインランドデポジットの設営やそのアプローチにとって高速道路網とトラックまたはトレーラー輸送の重要性は論をまたないが、その低コストの利便性と低炭素化が同時に進められるべきである。

(2) 集荷スペースの共有とインランドデポジットの構築(共有スペースの構築)
 陸海空の物流が共有する集荷・配送・通関機能をもつスペースの構築が重要である。港湾や空港の効率的な利用に繋がるインランドデポ(内陸部の通関機能)の構想と試みがなされつつあるが、さらに進めて、港湾スペースや空港スペースの有効利用や補完性をもたせた展開も必要である。地方空港の空きスペースの有効利用は空港自身の採算性ばかりではなく、地域で生産されたものを地域から世界に直接配送する国際物流戦略に地域が参加する機会をあたえる。

(3) 高速道路の変革
 単にプール制の見直しであるとか、償還主義の見直しとかいった業界内議論ではなく、日本物流システム全体のなかでの高速道路の新しい役割、機動的で利便性に富むトラック輸送の役割を考えるべきである。ハイウェイトレイン構想にみられるような、鉄道との連携と低炭素な高速道路利用への変革も推進する必要のある構想である。高速道路に繋がる臨海基幹道路の港湾スペースへの接続、高速道路とインランドデポとの連結など具体的な施策が重要である。


おわりに
 物流改革は単に利用者の利便性をはかるための視点だけではなく、国際競争力を失いつつある我が国の製造業の復権という面からも、また地方地域の活性化や雇用の確保の面からも不可欠な緊急課題である。海運・港湾・陸運の有機的連携と抜本的機能強化は、横断的で大規模な公的投資を伴いながら、民間活力によって採算性と効率性を維持しながら実施すべき事業である。それをモデルとするアジアへの展開は、アジアの成長における日本の技術力の貢献できる機会でもあり、また海洋立国に繋がる道でもある。