コラム  外交・安全保障  2012.04.23

「人工衛星」打ち上げ失敗と日本

 今月(4月)13日の北朝鮮による「人工衛星」(またの名は「ミサイル」)の打ち上げは失敗に終わった。
 このことに関して、北朝鮮は、ウラン濃縮およびミサイル発射の停止と食糧援助について米国と合意が成立した直後にそのようなことをすべきでなかったとか、北朝鮮の技術は未熟であることをまた露呈したとか、金日成生誕百周年の記念行事を盛り上げるどころか逆にケチをつけてしまったとか評されている。細かい点に目をつぶれば、私もおおむね同感である。
 しかし、日本の対応については若干言いたいことがある。
 第一に、発射の発表に日本政府はあまりにも慎重で、その結果発表が約40分遅れた。日本政府が慎重であったのは、以前に誤報したことがあったためである。政府が全国に緊急事態を伝達する方法には、テレビなどを通じる方法の他、緊急情報ネットワークシステム(Em-net エムネット)と全国瞬時警報システム(J-ALERT)があり、両方とも以前に誤報があったそうである。
 政府・防衛省は、今回はその轍を踏んではならないと思ったのであろうが、確認をしようとすれば時間がかかるし、報道陣からは矢の催促を受けることになろう。防衛省の広報課では「怒号が飛んだ」と言われている。しかし、確認していない情報を流してもやはり厳しく批判される。報道の現場を多少なりとも知っている者にとってこれは常識である。
 ではどうすべきであったかであるが、このような場合は未確認であると明確に断って情報を流すしかない。情報の伝達が遅れるのは致命的であり、それよりはダメージが少ないからである。
 いつの時点で、どのような情報を公表するかは上層部が判断しなければならない。下へ行けばどうしても正確さを重んじることになる。今回適切な判断ができなかった政府及び防衛省の上層部は非難を免れないと思う。官房長官によれば、情報提供の在り方について検討するそうであるが、この点はしっかり反省してもらいたい。
 二番目に、政府の情報伝達において看過できない問題が発生した。実は問題の根源はEm-netとJ-ALERTの二つのシステムが併存していることにある。前者は内閣府が、後者は総務省・消防庁が主管・管理しており、そのシステムのために必要な機器も、また、参加費用も異なっているらしい。なぜ一本のシステムに統合しないのか分からない。
 しかし、そのことはさておくとして、現状では二つのシステムがあり、全国の市町村の中には片方だけに入っているところ、両方に入っているところ、どちらにも入っていないところがあるなど複雑な状況になっているが、政府としてはどの市町村にも必要な情報を遅滞なく伝達しなければならない。しかるに、今回、Em--netは8時3分に情報(未確認ではあるが)を伝えたが、J-ALERTのほうは何も伝えないという事態となった。
 J-ALERTは地震や津波とともに弾道ミサイルに関する情報を伝達することが役割である(消防庁の説明に明記されている)が、今回何も伝えなかった理由については、「内閣官房から情報が入らなかったため」と説明しているそうである。では、いったい誰がEm-net には情報を伝え、J-ALERTには伝えないことにしたのか。片方にだけ情報を流すことはどう考えても許されないことである。まことにお粗末な危機管理だと思う。
 三番目に、今回の発射事件については、そもそもPAC3という対弾道ミサイル防衛システムを配備して備えるような事態であったか、はなはだ疑問である。
 第一に、対弾道ミサイル防衛システムは国家大事の場合に発動されるべきものである。北朝鮮が発表している「人工衛星」ロケットが軌道をそれ、あるいは途中で爆発を起こして破片が飛んでくるかもしれないという事態に備えるものではないと考える。
 第二に、事故で日本に被害が生じることをほんとうに恐れていたのであれば、まず、その危険性を、飛行機事故について行われているような科学的方法(歩行者が交通事故にあう危険性との比較など)で示してもらいたかった。
 第三に、その危険性は場所によって異なるはずであり、いちばん飛行経路に近い石垣島のみならず、やはりPAC3が配備された首都圏についてもそれぞれ危険性を示してもらいたかった。
 第四に、「通常は日本領域内に落下することはない」という見通しがあるにもかかわらず、「万一の事態に備える」という政府の説明は理解困難である。安全のための念には念を入れた措置であると評価されることを期待していたのかもしれないが、交通事故にしても、飛行機事故にしても、海上での事故にしても危険の程度に応じて対応するのが本来のあり方ではないか。政府説明のような考えで国を挙げての大騒ぎなどすべきでなかったのではないか。
 第五に、わが自衛隊が誇る最高性能のシステムであるPAC3は、国防のため真に必要な場合以外は使うべきでない。安易にそれを使うと、準備の段階までであっても敵にある程度手の内を見せることとなり、ひいては敵にそれを破る対策を考えさせることにならないか。
 最後に、私が種々の疑問を書きたてたのは、残念ながら北朝鮮はいずれまた「人工衛星」と称する発射実験を行うだろうと思うからであり、その場合に今回のようなことは経験したくないからであることを付言しておく。