メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.04.10

TPP反対論の虚構 大局見据え対策講じよ

新潟日報(2012年3月31日)に掲載

 環太平洋連携協定(TPP)参加の決断を迫られる日が近づいている。これまでTPPに反対する人たちから、公的医療保険制度が改変されるとか、単純労働者の受け入れを要求されるなどの根拠のない主張がなされていた。これに対して、筆者は、公的医療保険など政府によるサービスの提供は、WTO・サービス協定の対象外であり、自由貿易協定の交渉で対象となったことはないこと、単純労働者受け入れはアメリカ自体が反対していること、を指摘してきた。2月からのTPP事前協議等の場で、アメリカはこれらがTPP交渉の対象となることを明確に否定した。
 農業についても同様の主張を一部の学者が行い農家の不安をあおっている。日本農業はアメリカや豪州に比べて規模が小さいので、競争できないという主張がある。農家1戸当たりの農地面積は、日本を1とすると、UE9、アメリカ100、豪州1902である。
 規模が大きい方がコストは低い。しかし、規模だけが重要なのであれば、世界最大の農産物輸出国アメリカも豪州の19分の1なので、競争できないはずである。そもそも、各国が作っている作物が違う。主として、アメリカは肥沃な農地でとうもろこしや大豆を生産し、豪州は痩せた牧草地で牛肉を生産している。これらを米作主体の日本農業と比較するのは妥当ではない。また、同じ作物でも単収(面積当たりの収量)に大きな格差がある。豪州の小麦の単収はイギリスの5分の1しかない。
 さらに、重要なのは品質である。国内産の同じコシヒカリでも、魚沼産と一般の産地では、1.7~1.8倍の価格差がある。他の産地がどれだけ頑張っても魚沼産には及ばない。国際市場でも、日本米は最も高い評価を受けている。現在、香港では、コシヒカリで日本産はカリフォルニア産の1.6倍、中国産の2.5倍の価格となっている。日本米と海外の米を比較することは、ベンツと軽自動車を比べるようなものである。
 しかも、この議論には、関税が撤廃され、政府が何も対策を講じないという前提がある。アメリカやEUは直接支払いという鎧を着て競争している。EUもアメリカの10分の1の規模ながら、直接支払いで穀物を輸出している。日本農業だけが徒手空拳で競争する必要はない。
 近年国際価格の上昇により、米の内外価格差は縮小し、必要な直接支払いの額も減少している。現在の価格でも、台湾、香港などへ米を輸出している生産者がいる。世界に冠たる品質の米が、生産性向上と直接支払いで価格競争力を持つようになると鬼に金棒となる。
 しかし、反対論者は、財政補てんが必要となる内外価格差を算定するに当たり、品質格差を考慮しないばかりか、内外価格差が過大になるような数値を使い、消費者負担を財政負担に置き換えるなら、巨額な負担が必要となると主張している。
 米についてみると、国内価格1万4千円に対して、主食用としてアメリカや中国からの輸入米は9千円(60キロあたり)で、あられやせんべい用にタイから輸入している米は3千~4千円(同)だ。これらは日本米より品質が劣る。しかし主食米の輸入価格を、それらよりさらに安く、根拠の不明確な3千円(同)を用い、内外価格差を大きく算定している。さらに、国内の流通量600万トンを対象数量とすべきなのに10年前の生産量である900万トンという数値を使用している。この結果約1兆7千億円の財政負担額が必要だとしている。
 これが正しいのなら、国内の米生産額は1兆9千億円なので、消費者は現在、外国から2千億円で買える米に1兆7千億円もの負担を行っていることになる。関税に直すと850%もの関税を消費者は負担していることになるが、実態とは大きくかけ離れている。これほど内外価格差があるなら、日本から米の輸出などできないはずだ。
 TPP反対論にはアメリカが怖いとか根拠の薄弱なものが多いが、グローバル化が所得格差や非正規雇用などを生んだとする国民感情にうまく訴えている。しかし、関税から直接支払いへの移行という政策転換は、農業保護の手法を変更するだけで、農業を市場経済に全て委ねるものではない。グローバル化は現在進行している事実であり、反グローバル化を唱えることは問題の解決にはならない。グローバル化を与件として、どのような対策を講じるかを議論すべきなのである。