メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.04.04

福島のコメ作付制限 ツケを負わされる生産者

WEBRONZA に掲載(2012年3月14日付)

 前の論考で、「経済学の原理から言えば、規制(安全性の基準)を強化・厳しくするときの追加的な便益と追加的なコストが一致するときに、規制の便益が最大となる。これを超えて安全性の基準を厳しくすれば、逆にコストの方が上回り、社会全体としての便益は低下する。」と述べた。
 このコストには、基準値を順守しているかどうか検査することに必要なコストのほか、規制の強化により、生産コストが上昇したり、生産ができなくなったりするという生産面でのコストが含まれる。今回の過剰な新基準のコストを負担させられるのは、農家、特にコメ生産者である。
 今年のコメの作付方針によれば、これまで作付を禁止していた地域に加え、昨年1キログラム当たり500ベクレル(暫定基準に相当)を超える放射性セシウムが検出されたコメが作られた地域では、作付が禁止される。
 しかし、1キログラム当たり100ベクレル(新基準に相当)から500ベクレル(暫定基準に相当)を超える放射性セシウムが検出されたコメが作られた地域では、当初農林水産省は作付を禁止する方針だった。だが、市町村の反対を考慮して、実際に生産されたコメについて出荷前に全量(全袋)検査を行うことなどを条件に例外的に作付を認める方針に転換した。これによって、作付禁止地域(自粛地域を含む)は昨年の1万ヘクタールから1万5百ヘクタールに増加する。条件付きで作付が認められる地域は、4千ヘクタールである。
 農林水産省の当初の対応は厚生労働省の新基準に合わせたものだった。農林水産省はBSE事件の際、消費者をまったく無視してきた行政を行ってきたのではないかと批判された。当時農林水産大臣は消費者に軸足を置いた農政に転換すると表明した。また、今回の震災についても、消費者は放射性セシウムが少なければ少ないほどよいと感じていることを認識していた。このような中で、生産者寄りの姿勢を示すとマスコミ等から批判される。100ベクレル以上のコメが検出された地域で作付を制限しても、厚生労働省の基準がそうだからといえば批判されない。農林水産省の本音はそういうものだったのだろう。
 しかし、放射性セシウムは水田中の土壌に付着・固定し、稲への移行は少ない。今回高い放射性セシウムが検出された水田は、有機物が流れ着くなど特別の地形を持った地域が多いなど、土壌ではなく有機物に吸収された放射性セシウムが、稲へ移行したものだと判断されている。そうであれば、有機物が1年かけて分解され、放射性セシウムが土壌に付着すれば、稲への移行はほとんど起こらなくなる。つまり、昨年高濃度の放射性セシウムが検出された水田においても、本年度以降、コメから新基準を上回る高濃度の放射性セシウムが検出される可能性は大幅に減少する。今回、全量検査という条件付きで作付が認められる地域で、今年度新基準を上回るコメが作られる可能性は低いのである。農林水産省が方針を変更した背景には、このような事情への考慮があったはずである。
 しかし、依然として500ベクレルを超える放射性セシウムが検出されたコメが作られた地域では、作付が禁止される。本来であれば、このような地域でも全量検査を条件に作付を認めてよかったのではないかと思われる。農林水産省の対応は、放射線審議会に批判されても対応を変えなかった厚生労働省よりは、優れたものだった。しかし、消費者迎合的な保身的対応を行った厚生労働省のツケは生産者が負うことになった。