メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.04.04

日本農業の発展戦略

週刊農林(2012年3月15日)に掲載

農業活性化の処方箋は簡単である。減反や農地・農協制度など、これまで農業の足かせとなってきた政策を廃止すればよい。


農業改革―価格支持から直接支払いへ
 減反を段階的に廃止して米価を下げれば、コストの高い兼業農家は耕作を中止し、農地をさらに貸し出すようになる。そこで、一定規模以上の主業農家に面積に応じた直接支払いを交付し、地代支払能力を補強すれば、農地は主業農家に集まり、規模は拡大しコストは下がる。
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 図が示すように、規模の大きい米農家のコスト(15ヘクタール以上の規模で1俵あたり6,500円)は零細な農家(0.5ヘクタール未満の規模で15,500円)の半分以下である。規模拡大でコストが削減できれば、農家の所得は上がる。20ヘクタール以上規模の米作純所得は1,100万円である。減反がなくなり、カリフォルニア米並みの単収となれば、15ヘクタール以上の農家のコストは4千円程度へ低下する。規模拡大と単収向上でコストが下がれば、純所得はさらに上がる。
 全てが1ヘクタール未満の赤字農家であるより、少数の農家に農地を集約して、大きな利益を上げ、それを地代として配分した方が、農地の出し手農家も含め集落のすべての農家に利益となる。ビルの大家への家賃がビルの補修や修繕の対価であるのと同様、農地に払われる地代は地主が農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。彼らは農業のインフラ整備を担当しているのであって、農業から縁を切った訳ではない。健全な店子(農家)がいるから家賃(地代)によってビルの大家(地主)も補修や修繕ができるのである。
 中山間地域については、2000年度に筆者が農林水産省地域振興課長時代に導入した中山間地域等直接支払いで対応すればよい。これは傾斜農地と平坦な農地のコスト差を算出し、その8割を単価とした。しかし、筆者が10年以上前に単価を設定してから、一度も米生産費調査による単価の再計算は行われていない。再計算をすれば単価は増額となるはずである。もちろん、中山間地域等直接支払いは条件不利性の補正のためのものなので、他の政策目的のための別の直接支払いも受けることは可能である。EUの農家は、価格を引き下げた代償としての単一支払いという直接支払い、環境直接支払い、条件不利地域直接支払いの3つの直接支払いを受領している。


農地改革
 「自作農主義」という農地法の思想は、農地改革が実現した、耕作者に所有権を与えるという農民的土地所有が最も適当であるとしたものである。このため、農業経営や農地の耕作は従業員が行い、農地の所有は株主に帰属するという、株式会社のような所有形態は、法律の目的や原則から認められないことになった。自作農主義は多様な農業者が農業に参入する道を閉ざしてしまった。世論の批判を受けて、株式会社の農地保有も認められることとなったが、それは農家が法人成りしたような極めて限定的な場合に限られている。
 ベンチャー経営者が起業するときに、通常行うと考えられる、出資による参入を農業は認めていない。このため、新規参入者は銀行などから借り入れるしかないので、失敗すれば借金が残る。そもそも農業は生産が自然条件によって左右されるなどリスクの高い産業である。にもかかわらず、出資というリスク軽減方法を認めない農業政策によって、農業は参入リスクがより高い産業となっている。
 賃貸借により法人が参入することは容易になったが、機械等に多額の投資を行って参入しても、地主から返せと言われれば、農業から撤退せざるを得ないし、他人の土地であれば、土壌改良や基盤整備などの土地投資を行おうとはしない。賃貸借による農業経営には限界がある。
 農家の子弟だと、たとえ都市に住んでいようと、農作業に耐えうるような身体的・精神的な条件を持っていないものであろうと、相続で農地は自動的に取得できるし、耕作放棄してもかまわない。それなのに、農業に魅力を感じて就農しようとする人たちには、農地取得を困難にして、農業という「職業選択の自由」を奪っている。農業の後継者難という言葉を農業界はよく口にするが、新規参入を困難にしているのは、自らの既得権を維持するための農地政策に原因がある。
 農地を守りたいのなら、EUのように、都市地域と農業地域を明確に分ける「ゾーニング」さえしっかり行えば、農地価格が宅地用価格と連動して高い水準にとどまるという事態も防止でき、新規参入者も規模拡大の意欲を持つ農業者も農地の所有権を取得しやすくなる。宅地への転用期待が実現した時に農地を返してもらえなくなることを恐れて、農地の所有権だけでなく利用権も渡さないという農家の行動パターンを抑えることができ、賃借権による規模拡大も容易になる。いずれ「ゾーニング」を確立したうえで、農地法は廃止すべきである。
 ゾーニングが十分でなく農家の転用期待を消滅できない間は、転用期待で農地を農地として利用せずに耕作放棄しているものや、産業廃棄物の処理場等として不当に農地を使用しているもの等に対する経済的なペナルティの導入も必要である。農地保有のコストを高めるため、耕作しない者に対する「固定資産税の宅地並み課税」を行えばよい。


農協改革
 総農地面積が一定で一戸当たりの規模が拡大すると、農家戸数は減少する。組合員の圧倒的多数が米農家で、農家戸数を維持したい農協は、農業の構造改革を農家の選別政策と呼び、これに反対した。同じく農業収益を上げるとしても、農家戸数の減少を伴う規模拡大を通じたコストダウンよりも、米価を上げた方が、価格に比例的な販売手数料収入を増加できる。
 多数の兼業農家を維持したことは、政治力の維持に加え、農外所得や農地転用利益の農協口座への預け入れなどにより農協経営の安定につながった。農協の政治力は、食管制度時代には米価引上げ、食管制度廃止後は市場価格低下時の政府買い入れ要求、さらには住専問題の際の農協負担軽減等米以外にも使われた。政治力は農協の最大の経営資産である。農協経営が米価と密接に関連しているため、農協は減反政策を支持し、価格引下げにつながる関税撤廃に強く抵抗する。
 一地域一農協という原則によりJA農協の地域独占が守られているため、農家は不満でもJAを利用せざるをえない。現在の農協法には、生産者が農協を設立しようとすると、県のJA農協中央会と事前に協議しなければならないという規定がある。このため、米の専門農協を作ろうとして、JAに反対されて設立できなかった例がある。これは自由設立主義という協同組合の基本理念・原則に反する。農協法は協同組合原則に反した立法である。このため、中小企業等事業協同組合法で農業協同組合が作られる有様である。
 この規定の削除を10年度中に措置することを盛り込んだ制度・規制改革の対処方針が閣議決定された。しかし、農林水産省はこれを無視し国会に農協法の改正法案を提出しなかった。政治主導どころか政治無視である。
 強大な政治力を持つJAは農政に影響力を行使してきた。現在のJAを解体し、金融・保険事業は地域協同組合に、農業部門は一旦解散させ、農業は農家が自主的に作る協同組合が担当するというシステムに変更すべきである。JAを地域住民へのサービスの提供を行う"地域"協同組合に転換するのである。
 09年、とうとうJAの准組合員は480万人で正組合員477万人を上回った。農家戸数の減少によって、この傾向はさらに進展する。JAが"農業"協同組合ではなくなりつつある。他方で、市町村合併で行政が撤退した中山間・過疎地域では、買い物難民や生活弱者が発生している。生活物資の供給、集落の維持、公共サービスの提供など、こうした地域の相互扶助を行う協同組合としての存在価値はある。
 すでに、准組合員が正組合員の数倍に達している都市JA農協も、地域協同組合に転換させ、JAバンクを通じて都市地域協同組合の利益を地方に還元すれば、地方対策は充実する。都市でも、住民が老人中心のマンションが多くなり、デイケアなど、地域協同組合の果たす役割も十分に存在する。
 農政は一部農家や農協の利益を守ることを優先してきた。農政を農業振興という本来の目的に取り戻すのである。