コラム  外交・安全保障  2012.03.26

朝鮮半島問題と在米韓国人

 米国には約170万人の韓国系米国人がいるそうである。アジア系では5番目に多い。「韓国系米国人」と呼ぶべきか、「朝鮮系米国人」と呼ぶべきか、ちょっと考えさせられるが、韓国からの移住者がほとんどすべてなので「韓国系米国人」と呼ぶこととする。米国でどの民族系が米国政治に影響力があるか、社会学が好んで取り上げるトピックである。韓国系は近年急増しているものの、正直に言って、その影響力はまだ弱いと思っていたが、ニューヨークで最近開かれた「北東アジアの平和と協力に関する会議」に出席してこの考えは多少修正しなければならないと思うようになった。
 会議を主催したのは韓国系米人と韓国および米国の研究者であった。会議のテーマはかなり大きいが、実質的には朝鮮半島の平和をいかに達成するかが中心議題であり、六カ国協議の当事国に加えドイツとEUからも参加者があった。民間の会議でトラック2と呼ばれるものであり、現役の政府高官も交じっていたが個人の資格で参加していた。ドイツについてはフリードリヒ・エバート財団が経費負担の点で貢献したのとドイツ統一の経験を参考にするためであった。
 この会議にヘンリー・キッシンジャーとジョン・ケリーが出席し、スピーチを行った。出席者の名前も含め外部には具体的に引用しないというルールになっているが、この二人は会議場の入り口で待ち構えていた報道関係者に発見されているので、この点ではもはやルールにこだわる必要はない。ジョン・ケリーは2004年に民主党候補として大統領選を戦った人物で、現在は米上院の外交委員長であり、政治に対する影響力という点では現役を退いて久しいキッシンジャーよりむしろ上を行くであろう。
 今次会議は50人弱の小規模のものであり、このような大物の出席を実現したことは会議主催者として誇ってよいことである。日本で同様の会議を開くとしても、この両人に匹敵する人物の出席を確保するのは生易しいことでない。
 ケリーがスピーチをする前に、横に座っている全米韓国系米人協会会長が紹介の言葉を述べるのを聞いて、ケリーと同協会との関係はどのようなものかなと思った次第である。
 今次会議には、さらに、北朝鮮の六カ国協議および対米交渉の新しい代表となると目されている李容浩北朝鮮外務次官が出席した。北朝鮮とどのように交渉したか、興味が持たれるが、制裁対象国からの訪米であり、米国ビザの取得も簡単でなかったはずであるが、それらを克服して李次官の訪米を実現したことは韓国系米人と韓国人研究者の功績であろう。
 北朝鮮の新代表の訪米と会議出席は日韓両国メディアの強い関心を集め、北京やソウルからも特派員がニューヨークに送り込まれてきた。取材は困難であったはずであるが、それでもかなりの報道がなされたようである。
 李次官の発言のポイントは、北朝鮮は対米関係の改善を強く希望しているということであった。このこと自体は何ら目新しいことでないが、北朝鮮の新指導体制として、新しい対米交渉代表を通じて、あらためて対米関係重視の姿勢を示すことに狙いがあったのではないかと思われる。李次官はそのような役割にうってつけの人物である。経験豊かなキャリア外交官で、英語は達者、ソフトタッチな話し方、しかもオープンな姿勢であり、在英国大使であった時にも評判が高かったそうである。
 一方、韓国政府にとっては不満が残る結果となったものと推測される。韓国政府が六カ国協議の代表である現役の高官を急きょ参加させたのは、この会議を利用して北朝鮮と直接の接触・話し合いをしようと考えたからであろう。会議主催者側でも南北がいつでも話し合えるように別室を準備していたが、結局南北会談は空振りに終わったそうである。
 北朝鮮が米国に向けてアピールすることができたのは会議の開催に尽力した韓国系米人と韓国人研究者のおかげであったが、李次官はそれには構わず、南北で会談しようという韓国の期待をそっけなく退けたらしい。また、北朝鮮はこの会議から十日後に、人工衛星の発射予定を発表すると同時にIAEAの査察を受け入れる通知を行うという硬軟織り交ぜた行動を取っている。北朝鮮はしたたかである。
 北も南も、また韓国系米人も朝鮮半島の統一を願っているが、その実現はまだまだ遠そうである。しかし、今次会議は有益であったというのが出席者の一致した感想であり、これをさらに継続しようという結論で閉幕となった。このプロセスから南北朝鮮が直面している難問解決の糸口が出てくることを切望している。