メディア掲載  グローバルエコノミー  2012.03.26

TPP参加の決断を求められる日

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2012年3月20日放送原稿)

 2月から3月にかけて、アメリカ、オーストラリアを訪問しました。どちらの国でも、食料・農業関係の会議に顔を出しましたが、中国の食料生産や消費の動向に関心が集まっています。残念ながら、日本が話題となることはほとんどありませんでした。 日本たたき(ジャパン・バッシング)から日本無視(ジャパン・パッシング)だと言われるようになって久しいのですが、最近の日本を見る海外の目に、パッシングを通り越して、かすかに侮蔑のニュアンスが感じられるようになってきたように感じます。2月末、私はワシントンで開かれた全米商工会議所と米日経済協議会共催の会合で、「TPPと日本」と題して講演を行いました。1980年代の日米通商摩擦華やかなりし頃、日本にその名をとどろかせていたアメリカの元交渉者も、私の講演を聞きに来ていました。私の話が終わった後、彼は、「日本はTPP交渉参加を決断できるのか」と質問しました。交渉参加を巡り、アメリカは日本との事前協議に時間を割いているが、日本政府はTPP反対派を説得できないのではないか、アメリカは無駄な時間をかけさせられているのではないかという趣旨だったのだと思います。


1.TPP推進の立場から、どのように答えましたか?
 日本は必ず決断するといった、通り一遍の解答で、彼が納得するとは思えませんでしたし、ほかに講演を聞いている人たちも皆通商交渉のエキスパートばかりでした。私は、「あなたもご存じのように、日本は外圧がなければ決断できない。日本が交渉に参加するときには、その90日前にアメリカ政府は連邦議会に通報しなければならない。通報の際には、アメリカ政府は日本に参加の意思を確認してくるだろう。それが、日本が正式参加を決断できる時だ。」と答えました。
 かつて日本を目標にしたマレーシア、発展途上にあるベトナムもTPP交渉に参加して、アメリカと対等に渡り合っています。日本では、TPPに参加すると、アメリカに一方的に食い物にされるのではないかという反対論がありますが、もしそれが本当なら、どうして日本より国力の小さいこれらの国が進んで参加しようとするのだろうかと思います。カナダ、メキシコに続いて、コスタリカまで参加の表明を行いました。アメリカが日本に冷たい視線を送る理由は何かが、よく分かるような気がします。


2.TPP交渉は今年で合意されるので、日本はTPPで作られるルールの交渉に参加できないという意見がありますが、どうでしょうか?
 アメリカの政府関係者に質問すると、オバマ大統領が今年合意するといったので、それに向けて努力するという答えしか返ってきません。しかし、ワシントンの通商関係のエキスパートや豪州の関係者に聞くと、今年中の合意は困難だというのが共通の認識です。何よりもアメリカの大統領選挙があるので、困難な決断はできそうにありません。そもそもアメリカ自身、国内の調整にてまどって、自国の提案内容を固められていない部分があります。それから他の国と交渉をするので、時間がかかります。いろいろな分野で各国の意見が激しく対立しているところがあります。また、物品の関税について、アメリカと豪州等の間で基本的なアプローチに隔たりがあります。


3.関税についての意見の差ということは、具体的にはどのような点でしょうか?

 アメリカは豪州との貿易では、砂糖の関税を維持したいのです。豪州と結んだ自由貿易協定では、これを維持していますので、各国と結んだ自由貿易協定は再交渉しないとしています。しかし、そうなると、豪州にとってTPP参加のメリットがなくなるので、豪州はこれに反対しています。ニュージーランドやベトナムとの間では、自由貿易協定はありませんので、関税の交渉を行わなければなりません。アメリカは、ニュージーランドに対しては乳製品、ベトナムに対しては繊維製品を例外にしたいようです。つまり、どの国に対しても同じ物品を例外扱いにするのではなく、特定の国ごとに、アメリカが競争力を持っていない品目に限って例外扱いする、したがって、98%とか99%の品目については関税を撤廃するので、レベルの高い自由貿易協定になるのだという考えです。しかし、相手国からすれば、アメリカが競争力を持っていない品目とは、自国の産業が競争力を持っている品目なので、これに反発します。アメリカの靴の関税については、同じアメリカの企業同士で、ベトナムに進出している企業はアメリカの関税撤廃を主張し、アメリカに工場のある企業は関税の維持を主張しているという情報があります。なお、アメリカのように国ごとに例外を作るという主張が認められるのであれば、日本もごく一部の品目について例外が認められることになります。


4.次にTPPに焦点が当たるのは、いつになるのでしょうか?
 9月にAPECの首脳会議があります。このときにあわせて開催されるTPP交渉の首脳会議に日本の総理が参加するのであれば、アメリカはその90日前に議会に通報しなければなりませんので、5月には日本として参加の決定を行う必要があります。その頃に総理の訪米が予定されていますので、その際、オバマ大統領に日本の決定を伝えるというシナリオが考えられます。