コラム  外交・安全保障  2012.02.23

政治任用制度の研究(14):政治任用制度が機能するためには

シリーズコラム『政治任用制度の研究:日本を政治家と官僚だけに任せてよいのか』

 日本における政治任用制度導入をめぐる議論を聞いていて、いつも感じるのは「政治任用制度が機能するために必要な条件」についての議論が余りにも不足していることである。たとえば、数年前から続いている官僚の「天下り」に対する厳しい批判や、「天下り」を制限する動きが、政治任用制度が機能しない環境を作ることに貢献してしまう場合もある、というのは意外に見落とされがちな点ではないだろうか。
 政治任用制度が機能するために最も重要な条件といっても過言ではないのは「政府に入ることが、その人のキャリアにとってメリットとなるような環境が存在する」ということだ。外交・安全保障の分野で言えば、こういうことだ。大学で教鞭をとっている種々の外交問題の専門家やシンクタンクの研究者が官邸、外務省、あるいは防衛省といった役所の中堅幹部として一定期間働きませんか、という誘いを受ける。そのときに、誘いを受けた人が、政府での勤務が、勤務を終えた後の自分のキャリア形成にとってプラスになる、という気持ちにならなければ、そのような誘いに「Yes」と答える人は出てこないのではないか。
 それは例えばこういうことだ。米国では大学やシンクタンクの気鋭の研究者が当たり前のように政権入りするが、それだけではなく、公務員も下積みを経た後、一度民間に転出して、その後幹部職で政府に再び務めたりする。その場合、大統領選挙の年まで1~3年、政権内で、上は準閣僚級から下は意思決定ラインに入らないで次官補の政策スタッフとして機能する「上級アドバイザー」まで色々な場所で仕事をする。そして、そのような勤務を終えて政権から去った人達には、もれなく「政権入りしていた人」として一定の箔がついており、それは政権を去った後の彼らの再就職活動で、給与面・待遇面で大きなプラスとなる。

 例えば、私の大学院時代の同級生にこんな男性がいる。彼は中国研究で修士を取った後、公務員として国務省に入り、在中国米大使館、国務省中国部、NSC中国担当などのポジションを勤め上げた。そしてその後、上海の米国商工会議所の「Government Relations(政府関係担当=役所とのやり取り)」の責任者として数年務めた後、ブッシュ政権時代に国務省政策企画部の東アジア担当として働いた。現在はオルブライト国務長官やバーガー元国家安全保障担当大統領補佐官などが共同代表を務める民間のコンサルティング会社で「上級副社長」という肩書きで働いている。
 彼の経歴を見ていると、公務員時代に国務省やNSCでヒラの担当官として積んだ実績が、米国商工会議所に転出した際に決定的にプラスに働いており、さらに国務長官直轄のチームとして世界情勢全般について様々な角度からの分析を提供し、時にはスピーチライターまでこなす少数精鋭部隊である国務省政策企画部に勤務した経験が、彼の現在のポジションに結びついている。

 別の国務省出身の知り合いの女性にこんな人もいる。彼女は国務省の情報調査局で中国・東南アジア担当の分析官を勤めていたとき、チェイニー副大統領のスタッフとして国務省から出向した。そこでスクーター・リビー副大統領首席補佐官にいたく気に入られたことから、彼の後押しもあって公務員として等級を数段飛び級して、Senior Executive Serviceという、日本の役所で言うところの「指定職」のランクを獲得した。
 米国の公務員はこのSenior Executive Service(SES)のランクになると、給与が格段に上がるのと引き換えに、純粋な公務員としての立場を失い、公務員でありながら、政治任用者に近い立場になる。通常、公務員がSESになるためには、大層厳しい選抜試験に通らなければならず、その合格率は非常に低い(実際、国防省の友人で、もうかれこれ10年近くSESに挑戦し続けている人間がいる。)
 しかし、彼女のように影響力のある政治任用者の後押しを受けた公務員は、真面目に試験に挑戦し続けるよりもずっと早くSESになることができる。したがって、SESになった公務員は、その後は政治任用者と同様に民間に転出することが多い。彼女もその例にもれず、副大統領スタッフを辞するにあたっては、アジアでの市場拡大を目指す石油会社大手のエクソン・モービル社にこれも「Government Relations」担当として迎えられた。しかも彼女の場合、家族がカリフォルニア州出身ということで、カリフォルニアに住むことを強く希望し、本来ワシントンDCで勤務しなければいけないのに、必要に応じてカリフォルニアからワシントンに出張してくる、という日本ではまず考えられない勤務形態を認めさせたという。こんな無理がきくのも「チェイニー副大統領のスタッフだった」という経歴あればこそだ。

 彼らはいずれも、純粋な政治任用者ではないが、公務員としてスタートし、その後公務員時代に築いた政府内での人脈を生かして民間に転出する、というキャリアパスをたどっている。彼らに共通するのが、政府内で働いたという経験が再就職の際に絶対的に有利になっているということだ。彼らは2人とも私と同年代だが、おそらく、年収は私の3-4倍はあるはずだ。つまり、米国の制度では「政府で働く」経験がキャリアにとってプラスになるのである。これは、軍の将校が退役した場合も同様である。
 このように民間企業に就職していく元軍人や公務員に雇用する側の企業が求めるのは一言で言うと「政府内の人脈」である。つまり人脈を駆使して政府の政策の方向性に常にアンテナを張り、会社の経営にプラスになるような情報提供をすることが求められているのである。また業界によっては、調達などの面で省庁に売り込みをすることも求められる。前述した友人達のように、外交問題に携わり、外国政府内にも人脈を持つ人材は、国外で積極的にビジネス・チャンスを狙う米国企業にとっては非常に有為な人材なのだ。
 ただ、ここまで読んできてお分かりの方も多いと思うが、このようなキャリアパスは、極めて日本の「天下り」と似ている。日本と違い、「天下り」という感覚は雇う側にも雇われる側にもないし(雇う側はむしろ、それなりの待遇で迎えるのだから、しっかり働いてくれ、という感じである)、政府から出てくる人の年齢も日本と違って若手、中堅、幹部クラスと幅はあるが、再就職の性質自体は非常によく似ている。そしてこのようなキャリアパスこそが、米国では政権が交代するたびに大量の人材が前政権から流出しても、その受け皿となって機能し、政治任用者になり得る人材プールとなっているのである。
 翻って、日本の場合はどうか。これまで著名な大学教授の方などで一時的に役所に入った人はいないわけではないが、役所で幹部として勤務した経験がその後の経歴に明らかにプラスになっているか、と言えば、もともとそれなりの知名度の方が多いこともあり「プラマイゼロ」の場合が多いのではないか。さらに言えば、役所を若いときに辞めた人間が、幹部になって再度同じ役所に戻ってきたケースは皆無だろう。つまり日本の場合は役所に入るのも役所から出るのも、基本的には「片道切符」で、役所での経験が実際に役所を辞めた後、どのくらいプラスになるのかすら定かではない状態なのだ。
 それに加えて、数年前からの「天下り」に対する厳しい批判。たしかに、かなりひどいケースがあるのも事実ではあるが、「天下り」を全否定してしまったら、定年を向かえる前に種々の理由で役所を去った人は、役所で築いてきた実績や経験を生かした職場を探そうとすれば「天下り」と言われかねない中、一体どうやって次の仕事を探すのか。シンクタンクの研究者だって、役所で勤務するという経験がキャリアパスの中で足かせになりかねない状態では、二の足を踏むだろう。そんなことでは政治任用制度は機能しようがないのだ。

 政治任用制度の導入だけにとらわれた議論をするよりも、何がその制度を支えているのか、日本でそのような社会的基盤を作ることができるのかを議論するほうが先ではないのだろうか。