コラム  外交・安全保障  2012.01.27

新体制の北朝鮮とどのように向き合うか

 昨年末、北朝鮮の金正日総書記が急死し、三男の金正恩が後継者となったが、金正恩はまだ若く、経験は浅い。金正日が後継者に指名したそうだが、それだけで国家の指導者になれるわけではないだろう。新体制は不安定だと多くの人が論評しており、私も同感である。

 北朝鮮の動向を注目することもさることながら、金正恩が率いる新体制とどのように向き合っていくかが問題である。

 中国からはまだ目立った動きは見えない。金正恩は中国の改革開放政策に関心があるとも伝えられており、中国との関係が緊密化することはありうる。

 米国からは、キャンベル米国務次官補が年明け早々北京、ソウル、東京に飛び、各国の担当者と会ったが、会談の内容や結果は、報道を見る限り、新味はなさそうである。米国の最大の問題は本気になって北朝鮮と交渉していないことであり、そのことはちょうど2年前のコラムに書いた。それ以来、米国の担当者は代わったが、状況は何も変わっていない。

 わが国は、北朝鮮の核兵器問題についても拉致問題についても真剣に解決を求めていくべきである。北朝鮮が新体制になった今、あらためてこのことを強調したい。

 イランと比べてみると米国の姿勢はより明確になってくる。米国は、イランとの関係では本気であり、まなじりを決してイランを屈服させようとしている。経済制裁措置を課することも決定した。各国にも協力を求めており、協力しない国の銀行は米国の銀行と取引ができなくなるそうである。

 北朝鮮とイランではなぜそのように米国の態度が違うのかをごく簡単に言うと、イランの問題は、中東全体にも、また、テロにも関連してくる可能性があるために米国にとって脅威なのである。

 一方、北朝鮮は実際に核兵器を保有し、現在ウランを濃縮中のイランよりもはるかに核開発が進んでいるが、それでも米国はイランのような脅威と思っていない。さらに言えば、「北朝鮮は中国、韓国、ロシアおよび日本という軍事大国あるいは経済大国に囲まれている。そのような状況にある北朝鮮の問題を米国だけで解決を図る必要はない」と思っているのではないか。

 しかし、北朝鮮は、米国がその核政策を改め、安全を保障してくれなければ核兵器を放棄しないのは明らかである。グローバルに活動する米国として北朝鮮の核問題を解決する主要な責任を負いたくないのはよく分かるが、北朝鮮のそのような状況に目を閉ざすだけでは結局何も解決しない。日本は、これまでの姿勢と異なることになるが、北朝鮮に核兵器を放棄させるのに真に必要なことを米国に建言すべきではないか。

 拉致問題については、日本政府は覚悟を持って北朝鮮と交渉を始めるべきである。日本には北朝鮮に対して強硬な措置を取り続けるべきだと主張する人があるが、真の解決につながるとは到底思えない。この問題に関する議論の中には、北朝鮮は早く崩壊した方がよいという考えが「衣の下のよろい」のように見え隠れしていることがある。こういう発想であれば、北朝鮮と話し合うことさえ困難となるであろう。外交交渉を行う場合に、相手がこちらの崩壊を願っていると分かれば、交渉を継続することなどできなくなる。しかも、北朝鮮が崩壊すれば、そこにいる人間は塗炭の苦しみを味わうこととなる。在北朝鮮の日本人も例外ではない。

 北朝鮮との交渉は困難なものであり、日本側でも北朝鮮側でもさまざまな感情が交錯してくるのは避けられない。それだけに双方が冷静に向きあって交渉することが絶対的に必要である。江戸時代のことであるが、対馬藩の外交顧問、雨森芳洲は朝鮮との交渉において「たがいに欺かず、争わず、真実をもって交わり候」という言葉を書き残している。芳洲は対馬藩に仕えたためかあまり知られていないが、新井白石と並ぶ当代切っての知識人であった。朝鮮との交渉は、尊大な姿勢で無理難題を言ってくる幕府と抵抗する朝鮮側のはざまで困難を極めたそうで、芳洲の出仕以前には、どうにもならないため国書の改ざんまでしたことがあった。しかし、一方的に都合のよいことだけを主張するのでは真の解決は得られないことを芳洲は指摘していたのである。

 拉致問題についても例外でない。日本側はこれまでの交渉結果に納得しておらず、北朝鮮側が誠意を持って対応するよう求めてきた。一方、北朝鮮側からは謝罪とともに、調査の限界があるという説明を受けている。これをどのように解決していくか。結局、双方が「真実をもって」話し合うしか道はないのであり、それができれば解決の可能性は開けてくると考える。