メディア掲載  グローバルエコノミー  2011.11.08

TPP交渉に早期に参加すべし

外交 Vol.9(2011年9月)に掲載

 日本はTPPとどう向き合うべきか?さまざまな意見が交わされるなか、TPP交渉に参加することによって、より日本の利益を反映させる可能性を模索する。

国際経済ルールによる大国の行動への規律
 東アジア地域において中国が台頭し、GDPの規模で日本を上回った。また、軍事的にも中国は海洋権益の確保を目指し、周辺国との軋轢が生じている。
 こうした中で、中国がレアアースなどの天然資源の輸出禁止や投資活動への制約など、大きな国力を背景に日本のみならず世界の経済活動を脅かすような措置を採ることが懸念される。かつてアメリカの301条のような一方的な措置を世界貿易機関(WTO)・紛争処理手続きによって無効化したように、中国の行為に対しても、多くの国が合意するルールによって規律できるような枠組みが必要である。
 このためには、アメリカ、豪州、ニュージーランド(NZ)、シンガポールというアジア太平洋地域の先進国とともに日本が環太平洋連携協定(TPP)交渉に参加することによって、この地域の貿易・投資に関する先進的なルール作りを主導的に行い、中国を含めたその他の国にこれを広げていくことが効果的である。TPP参加国が拡大し、アジア太平洋地域のかなりの国と地域をカバーするようになると、中国企業もこのルールに従ったほうが自身の利益にかなうと判断するようになろう。つまり、最初は高いレベルのルールに対応できる国々の聞でTPPをまとめ、最後は中国も入ったTPP、すなわちFTAAPとすることが、アジア太平洋地域全体の経済的な発展のためにも、政治的安定のためにも望ましい。これは中国のみならず、自国の特定の業界利益が通商政策に影響を及ぼしやすいアメリカの行動を抑制するためにも必要である。

TPPを通じた世界ルールへの日本利益の反映
 TPP交渉では、物品についての関税の撤廃、サービス貿易の自由化の拡大など、WTOで各国が約束している以上に市場開放を進めようとしている。さらに、投資、競争、貿易と環境・労働などWTOがこれまで規律することに成功してこなかった分野についても、新たなルール、規律を導入しようとしている。
 ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉では、日本はコアグループである四極(アメリカ、EU、日本、カナダ)のメンバーだったが、今では、かろうじてアメリカ、EU、中国、インド、ブラジルの次くらいの位置づけを保っているにすぎない。WTOでは日本の地位は低下しているため、日本の主張が反映されない可能性が高い。しかし、TPP交渉においては、日本はその経済規模からして、アメリカに次ぐ発言力を持ちうる。
 TPPは開放的・拡大的な経済連携協定であり、TPP交渉で合意されるルールはAPEC諸国など広大な地域の 貿易・投資のルールとなることが想定される。また、TPPにはこれまでWTO交渉をリードしてきたアメリカのほか、英語力と高い教育水準によって、WTOにおいて経済力を上回る発言力を発揮してきた豪州、NZ、シンガポールのような国が参加している。TPPは量的にも質的にも重要な協定になろうとしているのである。したがって、WTOではいまだに規律されていない分野のルール化や既存のWTOルールの深化を図るような、いわゆる「WTO+」のルールがTPPで作られれば、WTOでこれらのルールが検討される際に、必ず参照されることとなる。
 TPP交渉に参加することによって、日本の利益をTPPルールに反映させ、その成果を世界貿易機関、WTOに持ち込むことができれば、日本の利益を世界の規律・ルールに反映することができる。そのためには、早急な参加が必要である。交渉の妥結直前に参加しても、メリットは少ない。TPPは日本経済を破壊するというTPP反対論の主張には根拠が乏しいが、仮にそうだとするならば、アジア太平洋地域のルール、さらには世界貿易・投資のルールとなることが予想されるTPPの交渉に積極的に参加し、日本経済にとって問題となる規律を排除することに努めるべきである。
 そもそもWTO交渉だけではなく、これまで日本が結んできた二国間の経済連携協定交渉でも、日本は、農産物の関税撤廃について多数の例外品目を確保することを交渉の最重要課題としてきた。農産物交渉で守りの姿勢に終始したために、他の分野で本来日本が勝ち取れるはずの譲歩を相手国から引き出すことが困難となった。農業について関税・価格による保護からアメリカ・EUのような財政による保護に移行するという政策転換を行い、日本がTPPですべての品目について関税を撤廃するという質の高い協定を結ぶことができることを示せば、通商問題について、対外交渉力を向上させることが可能となる。
 TPPでも米を例外とすればよいと主張する論者がいる。しかし、ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉で、生産者数が多く政治力が強い米だけを関税化の例外として救おうという交渉ポジションを採ったことが、その代償としてのミニマム・アクセスの加重(関税化すれば消費量の5%で済むはずだったミニマム・アクセスを8%に拡大)により米産業の衰退を招く一因となってしまった。1999年にはミニマム・アクセスの加重に耐えかねて、関税化に移行せざるをえなくなった(関税化が遅れたペナルティとして、7.2%となっている)。日本が交渉ポジションを変えなければ、TPP交渉においても、代償を払わざるをえなくなるだろう。これは米の例外を求めるのであれば、まず米について、それで十分でなければ米以外の農産物について、さらにはBSEなどの食品の安全性基準の緩和やサービス貿易の開放など農業以外の分野にも及ぶ可能性がある。

成長戦略としての重要性
 生産年齢人口の減少と高齢化によって、日本経済の生産性に対して深刻な影響が生じることが懸念されている。企業が貿易・投資により国際化すれば、国外の技術や活力を取り込み、経済成長に必要なイノベーションを活性化させることができる。企業の生産性は、輸出を行うことによって2%、対外直接投資を行うことで2%、海外で研究開発を行うことで3%、それぞれ上昇するという実証分析がある。また、外国企業による対日研究開発投資は、その産業の生産性を4%向上させるという実証分析もある。
 このような観点からは、アジア諸国との経済連携協定交渉も重要ではあるが、アメリカ、豪州、NZ、シンガポールというアジア太平洋地域の先進国が参加しているTPPに日本が加わることは、海外先進国の技術を吸収して圏内のイノベーションを活性化するために、より効果的である。
 海外との生産や技術のネットワークを拡充するためには、関税の撤廃だけでは十分ではない。TPPなどの経済連携協定によって、貿易規則の透明性の向上、貿易手続きの簡素化・国際標準への調和、国境を越えた技術者やビジネスマンの円滑な移動などの貿易の円滑化や、投資の保護や投資に関する不必要な規制の禁止などを推進すべきである。例えば、貿易の円滑化について,電子証明,貿易関係機関の窓口一本化、域内で作られた製品について原則ゼロ関税で流通させるなどの要素がTPPに盛り込まれることとなれば、大きな効果が期待できる。

東日本大震災等による生活困窮者への配慮
 2008年の金融危機に端を発した世界的な不況や東日本大震災で、多くの人の所得が減少している。国内の高い農産物価格は所得の低い消費者家計に負担を強いている。貿易の自由化という場合、輸出産業にとっては生産の利益が、あるいは影響を受ける輸入品と競合する産業にとっては不利益が、それぞれ強調される。TPP反対論に共通するのは、農業、医療など保護や規制で守られてきた産業が影響を受けるという既得権益擁護の姿勢である。しかし、貿易の自由化によって消費者が大きな利益を得ることを忘れてはならない。
 国際価格よりも高い農産物価格で消費者に負担させている4兆円の農業保護(OECD算定)は、消費税の1.6%に相当する。つまり、国民は知らないうちに5%に1.6%を加えた6.6%の消費税の負担をしていることになる。これは不透明で逆進的な負担である。
 この4兆円は国産農産物に対してのみ消費者が負担している部分である。外国産農産物にも関税や課徴金が課されて、国産農産物と均衡する価格になっているので、消費者は外国産農産物に対しても内外価格差部分を負担している。実際の消費者負担は4兆円よりも大きい。小麦を例にとると、国産の供給量は消費量の14%であるから、消費者は86%の外国産麦についても国産小麦と同様の負担若している。国産農産物についての消費者負担を財政負担による直接支払いに置き換えると、外国産農産物に対する負担は財政負担に置き換える必要なく消滅する。財政負担型の政策へ転換すれば、国民全体の負担は減少するのである。
 TPPが実現して食料品価格が低下すれば、消費者は価格低下と消費量の増加の二つの利益を得ることができる。これはリーマン・ショックや東日本大震災で職を失ったり、所得が減少した人たちには、朗報となろう。
 なお、TPPで食料品の価格が下がれば、買い控えが起きて需要が減少し、デフレが悪化するという議論がある。しかし、テレビのような耐久消費財と異なり、毎日食べなければ生きていけない食料品については、買い控えは起きない。

農業こそTPPが必要
 日本農業は米国や豪州に比べて規模が小さいので、コストが高くなり競争できないという主張がなされている。農家一戸当たりの農地面積は、日本を1とすると、EU9、米国100、豪州1902である。
 規模が大きいほうがコストは低下することは事実である。しかし、規模だけが重要なのではない。この主張が正しいのであれば、世界最大の農産物輸出国アメリカもオーストラリアの19分の1なので、競争できないはずである。これは、各国が作っている作物の違いを無視している。アメリアは小麦、大豆やとうもろこし、オーストラリアは牧草による畜産が主体である。米作主体の日本農業と比較するのは妥当ではない。米についての脅威は主として中国から来るものだが、その中国の農家規模は日本の3分の1にすぎない。また、同じ作物でも面積当たりの収量(単収)や品質に大きな格差がある。フランスの小麦の単収はアメリカの3倍なので、フランスの100ヘクタールの農家のほうがアメリカの200ヘクタールの農家より効率的となる。
 米にはジヤポニカ米、インデイカ米の区別があるほか、同じジャポニカ米でも、品質に大きな差がある。国内でも、同じコシヒカリという品種でも、新潟県魚沼産と一般の産地のコシヒカリでは、1.7~1.8倍の価格差がある。国際市場でも、日本米は最も高い評価を受けている。現在、香港では、商社からの卸売価格(キログラム当たり)は、同じコシヒカリでも日本産380円、カリフォルニア産240円、中国産150円、中国産一般ジャポニカ米100円となっている。品質の劣る海外の米と日本米の価格を比較することは、軽自動車とベンツのような高級車を比べるようなものである。
 次のグラフが示すとおり、日本産米とこれと品質的に近い中国産米(ミニマム・アクセスで輸入)の価格差はこの10年間で大幅に縮小している。現在では中国米の国内販売価格と輸入価格の格差は30%を切っている。日本産米の13,000円という水準は減反政策で供給量を制限することによって実現された価格なので、減反政策を廃止すれば、価格は9,000円台に低下する。日中米価は逆転するのである。

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 TPPで農業が壊滅的な打撃を受けると主張されるが、農産物価格が低下しても、アメリカやEUのように農業生産者に対して直接支払いという補助金を交付して生産量を維持すれば、生産者も不利益を受けない。また、こうすれば、水資源の涵養、洪水の防止など農業が農産物生産以外に果たしている多面的機能も維持できる。仮に、想定外の価格低下が起きた場合には、直接支払いを増額することも考えられる。また、輸入増加によって圏内産業に影響が生じる場合には、TPP協定の中にセーフガード措置を導入して対処することも考えられる。
 米については、減反の廃止により米価を下げれば兼業農家は農地を出してくる。主業農家に限って直接支払いを交付すれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集積し、規模が拡大する。総消費量が一定の下で単収が増えれば、米生産に必要な水田面積は縮小し、減反面積が拡大し、減反補助金が増えてしまうので、単収向上のための品種改良は、行われなくなった。日本の米単収がカリフォルニア並みになれば、大規模農家の米生産費6,000円は4,300円とタイ米の価格に近い水準まで低下する。規模拡大と単位面積当たりの収穫量の増加によってコストをさらに低下できれば、米産業を輸出産業に転換できる。人口減少時代で国内の農産物市場が縮小する中で、貿易相手国の関税・非関税障壁を撤廃して輸出を振興しなければ、日本農業は衰退するしか道がない。農業にとっても、貿易自由化交渉は必要不可欠なのである。