コラム 外交・安全保障 2011.10.31
ミャンマーでは長年の軍事政権下で民主化を求める国民の声が圧殺されてきた。運動家は約二千人も投獄され、大部分は現在も釈放されていない。
アウン・サン・スー・チーさんは1989年7月、自宅軟禁されて以来、解放と再軟禁を繰り返し、2010年11月に第4回目(3回目と数える説もある)の軟禁から解放されるまでの21年のうちざっと15年半自由を奪われていた。事実上の活動制限を含めるとその期間はもっと長くなる。
欧米諸国はミャンマーの軍事政権を厳しく批判し、制裁措置も取ってきた。国内では何回もデモが起こり、なかでも2007年のデモは激しく、日本人カメラマン一名が巻き添えになって死亡するなどミャンマーの情勢は内外ともに困難を極めたが、軍事政権はしぶとく持ちこたえ、民主化運動と対決する姿勢を崩さなかった。
しかし、最近は少し様子が違ってきた。2008年に新憲法が採択され、10年には連邦議会の選挙が実施され、大統領も選出された。スー・チーさんが釈放されたのは新政府によってであり、今年の8月にはテイン・セイン大統領がスー・チーさんと会談した。また、新政府は政治犯についても約200人釈放すると発表した。
軍事政権は終了し、政治が憲法の下で行われることになったのは事実であるが、米国のキャンベル国務次官補の言葉として伝えられたように「ミャンマーで劇的な変化が起きている」とまで言えるか。その前に確かめたいこと、あるいは疑問に思うことがいくつかある。
第一に、今回の総選挙は、その実施以前から批判されていた。それは軍事政権が1990年の選挙結果を無視して2003年に「民主化のためのロードマップ」と称するものを勝手に作り、それにしたがって新選挙を実施、すなわち1990年選挙のやり直しをしようとしたからである。1990年の選挙で圧倒的勝利を収めていた国民民主連盟(LND)は今次選挙をボイコットしたため解党の憂き目にあっている。
しかし、軍事政権はそのような批判に耳を貸さず、また国際監視団の受け入れも拒否して選挙を強行した。その結果は、はたせるかな、第1位となった党が8割近い票を獲得した。軍事政権側の圧勝である。
この選挙結果は今後どのような影響を及ぼすだろうか。諸外国の厳しい批判は別として、ミャンマー国内では、選挙が行われたこと自体一歩前進として民主化勢力は新政府に協力していくか。それとも選挙にまつわる瑕疵が尾を引いて政治が不安定化するか、一抹の不安が残る。
第二に、軍事政権は終了したことになっているが、テイン・セイン大統領は元軍人であり、内閣の構成員たる閣僚もほとんど全員が軍人で、しかもその半数は軍事政権の閣僚であった。新内閣で軍歴がまったくないのは30人の閣僚のうちわずか4人だけである。
このように軍人を重用したのは軍事政権のトップであったタン・シエ将軍であり、同将軍は新内閣においても影の実力者であり続けるという見方もある。そうであれば、軍事政権は民主化したように見せかけるために衣は着換えたが、実態はあまり変わらないのではないか。
第三に、現在も拘束されている政治犯は釈放されるか。この問題は新体制の民主化に対する本気度を示す重要なバロメーターでもあり、クリントン米国務長官は「二千人以上の政治犯を無条件に釈放すべきだ」と要求している。わが外務大臣談話は今回の釈放を具体的前進として評価しつつも、さらなる政治犯の釈放が必要とは明言していない。事実関係が不明確ならば、「ミャンマー政府は実態を明らかにすべきである」と要求するくらいまで踏み込んだほうがよかったのではないか。
第四に、中国との関係である。テイン・セイン大統領はごく最近、自分の任期中は(5年間)ミッソン・ダムの建設は行わないと宣言した。中国との国境に近いイラワジ川に中国の協力を得て建設される予定の巨大ダムであり、電力は中国へ送られることになっていた。しかし、このダムが建設されると環境が激しく破壊され、また大規模な移住が必要となるので反対が強かった。しかるに、今回の大統領宣言は民主化勢力には歓迎されるであろうが、中国としては、正規に締結した契約を一方的に中止されるのを快く思わないはずである。ミャンマーの外相は北京に飛んで釈明に努め、中国側と「友好的な協議を通して適切に問題を処理していくことで一致した」そうであるが、中国との問題は本当に解消されたのであろうか。
第五に、ミャンマーは2014年にASEANの議長国になりたいと希望しており、そのことが民主化要求に応じた背景にあると指摘されている。そういう動機であっても構わないが、民主化の努力は2014年以降も継続されていかなければならない。諸外国はそのためにできる限りの協力をしてほしいし、わが国としてもときにはミャンマー政府に耳の痛いことを言わなければならない。
ミャンマーの民主化が進展すればASEAN全体にとっても好ましい影響が出てくるであろうし、その意義は日本にとっても大きい。ようやく出てきた民主化への芽生えがしっかり定着していくのを見届けたいものである。