メディア掲載  グローバルエコノミー  2011.08.25

牛肉汚染で失ったもの―農林水産省の罪と東電の大罪

WEBRONZA に掲載(2011年7月29日付)

 稲わらを介して放射性セシウムに汚染された牛肉が流通した。
 農林水産省は東北や関東の畜産農家に対し、稲わらなどの飼料は事故の前に刈り取って屋内で保管されたものに限るよう、3月に通知していたという。しかし、汚染された稲わらを肉牛に与えていた農家は、この通知を知らなかったと報道されている。農業団体までの通知にとどまり、農家まで通知が届いていなかったようだ。しかも、稲わらを供給するコメ農家には通知さえ行われておらず、今回、福島県浅川町の畜産農家に稲わらを出荷したコメ農家の団体にも指導は行われていなかった。
 農林水産省が7月28日に公表した調査結果によれば、放射性セシウムで汚染された稲わらが、北海道や新潟、島根など16道県の170の肉牛農家で餌として使われていた。このうち14道県からこれらの稲わらを食べた2965頭が出荷された。宮城県の稲わらが北海道や島根県まで広域に流通していたのである。東北や関東の畜産農家に対してのみ行われた通知では、不十分だったのだ。コメ農家、東北や関東以外の畜産農家に対し、汚染された稲わらを生産・使用しないという指導は全く行われていなかったことになる。
 問題は、稲わらが畜産農家に供与され、しかも全国的に広範囲に流通していたことは、農林水産省の想定外として済まされるのかということである。
 実は、2000年中国からの輸入稲わらを介して牛、豚の感染症である口蹄疫が発生したのではないかと疑われたことがあった。このとき、政府は財政負担による農家への助成措置により3年以内に稲わらの自給を目指すこととした。零細で農業労働力の少ない農家が多数を占めるコメ農業の構造の下では稲わらは収集されず、放棄されていた。コメ農家が稲わらを収集し、畜産農家に供給することができれば、コメ農家と畜産農家による連携が達成される。これによって、口蹄疫等の病気の発生も防止できるだけでなく、農業をより環境にやさしくすることができると考えられた。
 トウモロコシや大麦などの穀物や稲わら・牧草を海外から輸入して行われる牛肉、豚肉や鶏卵・鶏肉などの畜産は、糞尿の形で過剰な窒素成分(硝酸態窒素)を日本に残留させてしまう。これは地下水汚染などによる環境・健康問題を生じさせる。この問題を考えると、畜産物は外国から輸入した方がよいという議論がある。これに対して、輸入穀物などに頼らず、国内で生産できる稲わらなどを牛肉生産に使用できれば、畜産を環境にやさしくすることができる。コメ農家にとっても、畜産農家から家畜の糞尿を受け取り、たい肥化して使用すれば、化学肥料を減少することができる。2000年当時の農林水産省の取り組みは、このような意義を持つものだった。
 稲わらの畜産農家への利用推進は農林水産省自身が行ったものである。農林水産省は、この事業の取り組みを通じて、稲わらが畜産農家に提供されていること、それが広範囲に流通していることは把握していたはずである。今回、コメ農家に指導せず、東北や関東以外の畜産農家にも指導しなかったのは、農林水産省の責任が重い。
 もちろん、農林水産省よりも責任が重いのは、この事故の原因を作った東電である。コメ農家と畜産農家による連携という、食料の安定供給の面でも、環境の面でも、好ましい流れを壊してしまったのだ。牛肉の消費が減少し、100%近く輸入穀物飼料に依存する豚肉や鶏肉などに消費が移っている。これは環境にも大きなマイナスである。また、肉牛農家は牛を出荷出来なくても、飼料はやり続けなければ牛は死んでしまう。
 農家は収入を上げられないのに、出費だけがかさんでいくのだ。 農家には自殺者が出ているのに、これだけの事件を起こしながら、責任者である東電の幹部が8千万円近い給料を半額にすることすら渋ったというのは信じ難い。退職金も十分に支払われるのだろうか?独占企業である東電には、毎年5千億円の利益が発生していたと聞く。東電が汚染牛肉の処分等の費用を負担することは当然だろう。