メディア掲載 外交・安全保障 2011.07.28
全人口の114%収容可能なシェルターの設置
スイスでは平和で美しい環境の中に安全のための厳しい備えが同居している。例えば、ゴルフ場でOBを打ってあわてて林の中へ飛び込んで行くと、突然物物しいトーチカの列が目の前に現れることがある。家屋の地下には、一軒家かアパート(日本で言うマンション)かを問わず、必ず堅牢なシェルターが設置されている。居住部分とシェルターを分かつ扉は数十センチの厚さがあり、子ども一人では動かせないくらい重い。全国に設置されたさまざまなレベルのシェルターの全収容可能数は全人口の114%に上るそうである。
スイス独自の5つの特徴
兵役の面でも日常の生活と安全の備えが密接に関係している。全てのスイス人男性は一定期間兵役に服するが、その間は、所謂、軍隊生活を送るのではなく、通常の生活を営みながら、戦時に備えて定期的に軍事訓練に参加するのである。他の国では予備役のような状況になると言ったほうが分かりやすいかもしれない。
このように平常の生活と安全のための備えが密接に関連していることをスイスにおける民間防衛の第1の特色として挙げたい。
第2の特色は、すべてのスイス人が原則的には50歳過ぎまで国家防衛の義務を負っていることである。成年男性はまず兵役に服し、それが終ってもその年齢に達するまで民間防衛の責任を負う。
女性については、スイスはヨーロッパでも有数の(ナンバーワンかもしれない)保守的な考えが強い国であり、戦うのは男であり、剣を腰にさしていない女性は政治に参加させてもらえなかった。当然スイスは内外の運動家により厳しく批判されたが、それでもなかなか改革しようとせず、何と1971年になって漸く女性に選挙権を与えた。しかし、兵役は現在でも男性のみが義務付けられ、女性は2000年に施行された新憲法によりボランティアとして兵役に就くことができるようになった。
一方、民間防衛については男女の区別はない。
第3に、民間防衛が国家の制度であり、連邦憲法(第61条)および1962年に制定された「民間防衛法」に基づき連邦政府が民間防衛についての管理・運営方針を定めている。このような体制となったのは第2次世界大戦後、冷戦が厳しさを増す中で核戦争にも備えなければならないという意識が強くなったからであり、1959年に旧憲法が改正され民間防衛についての規定が盛り込まれた。
1968年のソ連軍のチェコスロバキアへの侵攻後スイス人は一層危機感を募らせ、連邦政府は国民に民間防衛の備えを徹底させるために300ページを超える手引書『民間防衛』を各家庭に配布した。これは世界的にも注目され、日本語の翻訳も出版されている。
第4に、民間防衛と一言で言っても国によりそのありかたは区々である。国の軍隊に信頼がおけないので民間で防衛するという性格が強い民間防衛もあり、その任にあたる者は「民兵(militia)」と呼ばれる。
スイスでは国家との位置づけが異なっていて民間防衛は軍事的防衛と相協力してスイスの安全保障を担っていると考えられており、「民兵」という言葉も使われない。
しかし、スイスの民間防衛は「非軍事的防衛」という考えではなく、武器を持って戦うことも想定されている。
第5に、軍事的防衛と民間防衛が密接な関係にあるのはスイスの歴史に由来することである。ヴィルヘルム・テルの物語を想起してもらいたい。彼は貧しい山村の農民であったが、苛斂誅求を加えるオーストリア(ハプスブルグ)の悪代官と戦った。これは実話ではないが、スイスの歴史においては何回も繰り返されてきたことを大衆劇にしたものであり、村人が外国の勢力と戦うというのがスイスの防衛であった。
我が国の場合は、源平以来職業軍人としての社会的階級と地位が確立されたが、ちょっと極端に言えば、スイスには戦いの素人しかいなかった。ヨーロッパの歴史上スイス傭兵の強さは伝説となっており、その名残がヴァチカンの衛兵であるが、もともとは傭兵も村人の出稼ぎであった。
核戦争を想定した最善の道理的対応
最後に、民間防衛の能力・効果について一言述べておこう。前述のようにスイスの民間防衛は核戦争の危険を強く意識して整備されたのであり、核攻撃を受けてから2週間生き延びることを目標とし、避難生活上必要となる物資として「ベビーパウダー、のこぎり、裁縫道具、脱臭剤、聖書、おもちゃ......」など細々としたことまで考えている。このようなことにもスイスの民間防衛が半端なものでないことが示されているであろう。
それでも実際に核戦争が起こった場合に地下シェルターがどれほど有効か、疑問点はいくつもあるかもしれない。スイスでも、冷戦が終了して久しい現在、これまでの民間防衛のあり方が現実的か、或いは見直すべきだという意見がないではない。
しかし、徹底した民間防衛は、スイスとして広島と長崎の原爆被害について可能な限りの調査をし、そこから自分たちに必要な教訓を導き出した結果であった。日本は別として、原爆被害の調査には米国の方が深く関与していただろうが、教訓にしようとした点では間違いなくスイスが上である。
民間防衛の手引書には、核攻撃による災害のみならず、原子力施設で起きる事故の場合についても備えが必要であると指摘している。核攻撃は勿論、原子炉事故もスイスとして経験したことがない災害であるが、スイス人は、知り得る事実は限られているという状況の中にありながらも、最善の合理的対応をしようとしてきたのではないか。
東日本大震災での原子力発電所事故の処理に苦悩する日本人として謙虚に学びたいスイスの民間防衛である。