米の先物取引が認められた。先物取引とは、商品を将来の時点である価格で売買することを現時点で約束する取引のことである。世界で初めての先物市場は、大阪堂島の米市場だった。しかし、米騒動の後に起きた米価低落をきっかけとして政府が米市場に介入するようになってから、米の先物市場は閉鎖された。1996年米の価格や流通を統制していた食管制度が廃止され、先物市場の可能性が出てきた。2005年に東西の商品取引所が米の先物市場を農林水産省に申請したが、自民党政権の下では認められなかった。
このとき農協は、先物価格が高くなると、農家が米を作る意欲が出て、減反に協力しなくなるとして、反対した。しかし、農協の本音は、先物市場が認められると、農協の現物操作による米価維持ができなくなるというものだった。その後、農協は卸売業者との相対取引きに移行した。公正な米の価格形成の場を実現するとして、米の入札取引を行っている、全国米穀取引・価格形成センターがあった。しかし、米価が低落する中で、価格を維持したい農協は、全国米穀取引・価格形成センターを利用するのを止めたのである。農協が5割を超える市場占有力を持って、卸売業者と相対取引きをすれば、米価に強い影響力を行使できる。このため、同センターの利用が激減し、センターは2011年3月ついに廃止となった。
しかし、これは農協には裏目に出た。国費で賄われる民主党の戸別所得補償は、一定の生産費と市場価格との差を補てんするものだ。このため、その算定の基礎となる市場価格は当事者によって操作されない客観的なものでなければならない。今回取引所は米価の客観的な指標を提供するためとして、再度米の先物市場を申請した。農協の相対取引きへの移行がこのような申請を行う口実を与えたのである。農協との結びつきが強かった自民党から民主党に政権が移った今回、農林水産省は申請を認可した。実に72年ぶりの上場となる。
農協は先物市場反対の全国運動を展開したが、完敗した。農協がこれだけ政治運動して全く成果を上げられなかったのは珍しい。当然農協の政治団体である全中幹部の責任問題が起きるだろう。そればかりか、全中と米を扱う全農との亀裂も生じるだろう。
先物取引とは投機というイメージが強い。しかし、本来生産者にとって、将来価格が変動することのリスク回避の行為を行い、経営を安定させるための手段である。具体的に言うと、作付け前に、1俵1万5千円で売る先物契約をすれば、豊作や消費の減少で出来秋の価格が1万円となっても、1万5千円の収入を得ることができる。今回農協は、減反に悪影響が及ぶという理由に加え、投機資金によって米が投機的なマネーゲームの対象となり、価格が乱高下することは望ましくないと主張した。しかし、投機資金で先物価格が2万円に上昇することは、農家にとっては良いことである。先物価格が上がり、農家が減反に参加しないで米を作るとしよう。これで出来秋に実現した米価が下がっても、農家が受け取る米価は先物価格であって出来秋の米価ではない。投機資金が入っても先物価格はそうでない場合よりも上昇するだけで低下はしない。農家は利益を得るだけである。
そもそも、農家にとって、先物取引は経営安定のための方策であって、減反に参加するかどうかとは関係ない。先物取引を行っているアメリカでは、1995年まで減反政策がとられていた。
また、消費の減少でこの10年問、日本の米価は30%も低下している。投機筋が買いに入っても、高齢化や人口減少で米消費の減少が予想される市場では高く売り抜けることは期待できない。農協が主張するように投機資金が入ってくるとは考えられない。
民主党の戸別所得補償は、実際の米価が下がっても一定の生産費との差を補てんするというものだから、農家は市場価格が低下しても所得は確保される。この時、実現した価格よりも高い価格で先物契約をしていた農家にとっては、生産費と実際の米価の差である戸別所得補償が先物価格に上乗せされる。その結果、先物を利用しない農家よりも高い所得を実現できる。さらに、取引所が主張するように、先物価格が戸別所得補償の算定に使われる市場価格となれば、どうだろう。実際の価格が先物価格より低下しても、今より戸別所得補償額を抑えることが可能となる。消費者は安い米価という利益を受け、納税者の負担も軽減される。
流通業者も不作で出来秋の価格が高騰するようなときには、低い先物価格で契約をすれば、リスクを回避できる。
生産者、消費者、納税者、流通業者皆がメリットを受ける先物取引に、農協が反対する理由は何なのだろうか?
農産物については、多少価格が下がっても胃袋は一定なので消費は大きくは増えない。逆に多少価格が上がっても、食べないわけにはいかないので消費は減らない。したがって、わずかの供給増加でも、消費がこれを吸収するためには、価格は暴落しなければならない。豊作貧乏と呼ばれる現象である。その一方、長雨や日照りで供給が少しでも減少すると、価格は高騰する。豊作の時に野菜を畑にすきこんだり、不作の時には政府の物価対策の目玉になるのは、このためである。売上高は価格に供給量をかけたものだから、不作で供給が少ないときのほうが、売上高は多くなる。野菜の場合、供給過剰になると農家対策が講じられるが、不作のときには農家対策は講じられない。米の減反は供給を減少させて、高い価格、売上高を実現するための方策である。
農協の販売手数料は売上高に応じて決まる。売上高にXパーセントをかけるという定率制のときだけではなく、定額制の手数料の場合も基本的には同じである。例えば、販売価格が100円に低下したときにも200円の定額手数料を取れば、農家は100円の赤字となるので、このときは、定額手数料を50円に引き下げるなどの方策を講じる必要がある。つまり、農協経営のためには、減反で供給を少なくして売上高を引き上げたほうが良い。農協が減反を積極的に推進してきたのはこのためである。農協が先物取引に反対する理由も、減反や相対取引を推進してきたのと同じく、現物取引である米価格を操作できなくなるからである。先物価格が上がると農家は利益を受けるが、あくまでも現物価格で手数料収入が決定される農協は何らのメリットも受けない。農家と農協の利益は異なるのである。先物取引反対は、農家の利益ではなく農協の利益を守るための主張に他ならない。今回農協が完敗したのも、民主党や農林水産省にこのあたりの事情を見透かされたからだろう。