メディア掲載  グローバルエコノミー  2011.07.15

米の先物市場の認可

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2011年7月12日放送原稿)

1.米の先物取引が認められました。先物取引について説明してください。
 先物取引とは、商品を将来の時点である価格で売買することを現時点で約束する取引のことです。世界で初めての先物市場は、大阪堂島の米市場でした。しかし、1918年の米騒動の後に起きた米価低落をきっかけとして政府が米市場に介入するようになってから、米の先物市場は閉鎖されました。ところが、1942年以来、米の価格や流通を統制していた食管制度が1996年に廃止され、先物市場の可能性が出てきました。2005年に東西の商品取引所が米の先物市場を農林水産省に申請しましたが、認められませんでした。その理由は、先物価格が高くなると、農家が米を作る意欲が出て、減反政策に協力しなくなるというものでした。減反政策とは、米の供給量を制限して、米価を高く維持するための政策です。


2.今回72年ぶりに米の先物取引が認められた経緯について、説明してください。
 現在、農家に戸別所得補償が支払われています。これは農家への保証価格と市場価格との差を補てんするものです。国の費用で農家に支払う以上、その算定の基礎となる市場価格は当事者によって操作されない客観的なものでなければなりません。米の入札取引によって、公正な米の価格形成を実現するものとして、全国米穀取引・価格形成センターがありました。しかし、米価が低落する中で、農協は、同センターを利用するのを止めて、卸売業者と個別に話し合いをして米価を決定するという相対取引きに移行しました。このため、同センターの利用が激減し、センターは2011年3月ついに廃止となりました。今回商品取引所は米価の客観的な指標を提供するためとして、再度米の先物市場の認可を申請したのです。


3.投機によって価格が乱高下するという批判があるようですが、どうでしょうか?
 先物取引には投機というイメージがあります。しかし、本来生産者にとっては、将来価格が変動することのリスクを避け、経営を安定させるための手段なのです。具体的な例を上げて説明します。農家が、作付け前に、1俵1万5千円で売る先物契約をすれば、豊作や消費の減少で収穫時の価格が1万円となっても、1万5千円の収入を得ることができます。米の流通業者も不作で収穫時の価格が高騰することを予想するようなときには、低い先物価格で契約をしていれば、高い価格を払わなくてすむのです。
 投機資金によって米が投機的なマネーゲームの対象となり、価格が乱高下することは望ましくないという主張もあります。しかし、投機資金であれ何であれ、先物価格が2万円に上昇することは、農家にとっては良いことです。先物価格が上がり、農家が減反に参加しないで米を作るとします。これによって米の供給が増えて収穫時に実現した米価が下がっても、農家が受け取る米価は先物価格であって収穫時の米価ではありません。投機資金が入っても先物価格はそうでない場合よりも上昇するだけで低下はしません。農家は利益を得るだけです。
 先物価格が上がると農家は利益を受けますが、あくまでも現物価格で手数料収入が決定される農協はメリットを受けません。先物取引を巡っては、農家と農協の利益は異なります。
 そもそも、農家にとって、先物取引は経営安定のための方策であって、減反に参加するかどうかとは関係ありません。先物取引を行っているアメリカでは、1995年まで減反政策がとられていました。
 また、消費の減少でこの10年間、日本の米価は30%も低下しています。投機筋が買いに入っても、高齢化や人口減少で米消費の減少が予想される市場では高く売り抜けることは期待できません。投機資金が入ってくるとは考えられません。


4.国民にとってはどうでしょうか?
 民主党の戸別所得補償は、実際の米価が下がっても(1万円)一定の保証価格(1万4千円)との差を補てんするというものです。農家は市場価格が低下しても所得は確保されます。この時、実現した価格よりも高い価格(1万3千円)で先物契約をしていた農家は、保証価格と実際の米価の差である戸別所得補償(4千円)が先物価格に上乗せされます。その結果、先物を利用しない農家よりも高い所得(1万7千円)を実現できるのです。さらに、商品取引所が主張するように、先物価格が戸別所得補償の算定に使われる市場価格となれば、財政支出を抑制できます。実際の価格が先物価格より低下しても、今より戸別所得補償額を抑えることが可能となります。消費者は安い米価という利益を受け、納税者の負担も軽減されることになります。