メディア掲載 財政・社会保障制度 2011.07.06
東日本大震災が日本に時代の転換を迫っているように、2007年~09年の世界的金融危機は、市場経済についての考え方を根本から問い直す契機になった。現在のマクロ経済学が金融危機をどう扱っているか、危機後に高まった国家の役割をどのように整理すべきか、課題を展望したい。
リーマン・ショックでは、金融市場で信用が突然収縮し、生産や雇用が急減した。危機前のマクロ経済学のモデルでは、こうした金融システムが引き起こす「市場の失敗」を的確に予想できなかった。
そもそも現代のマクロ経済学では政策を分析する際、どんなモデルを標準的に使うのか。その点から概観しよう。
1990年代から「動学的確率的一般均衡(DSGE)モデル」と称されるモデルがマクロ経済学を席巻してきた。これはミクロ経済学の理論体系との整合性をとりつつ、企業や家計といった経済主体が、経済を襲う様々な「確率的」なショック(生産性の変化や資源の再配分など)の下で、将来の行動を「動学的」(ダイナミック)に決定すると考えるモデルだ。
その基本にあるのは、「企業や家計は、結局は合理的に行動する」という想定だ。みんなが合理的に行動すればショックは緩和され、経済全体がパニックに陥ることはない。このため、DSGEモデルでは、基本的に金融危機は分析しにくい欠点があった。
そこで、金融的な「市場の失敗」をDSGEに導入する試みが進み、99年には、当時米プリンストン大学の教授だったベン・バーナンキ現米連邦準備理事会(FRB)議長らのグループによって標準的な枠組みが確立された。それでも、米国の巨大な住宅バブルの発生と崩壊(図参照)を十分に予知できなかった。
ひとつの理由は、銀行のモラルハザードがモデルに組み込まれていなかったことだ。バーナンキ氏らのモデルでは、資金を借りる企業が銀行に経営実態を伝えないといったモラルハザードはモデルに組み込まれていたが、銀行が預金者(家計)や債権者(他の金融機関)に十分情報を開示せず不正融資を行うようなモラルハザードは考慮されていなかった。家計と銀行は企業への資金の貸し手として一体であるとされていたからだ。・・・