コラム  外交・安全保障  2011.06.16

政治任用制度の研究(10):政治任用職を目指す人々のためのケーススタディ ~東日本大震災の初動④:役人に真実を語らせる法(その1)

シリーズコラム『政治任用制度の研究:日本を政治家と官僚だけに任せてよいのか』

 今回と次回は危機的状況の中で官僚組織に「真実を喋らせる」方法について考えてみます。3月11日以降の首相官邸の対応を詳しく検証すれば、政治権力の中枢である官邸に官僚組織から正確な情報が上がっていなかったことに改めて強い衝撃を受けるでしょう。
 政治家と官僚組織の相互不信は大震災発生初日からかなり深刻でした。報道によれば、首相周辺は「東電も保安院も原子力安全委もグルになっていたとしか思えない」などと「原子力村」の住人を厳しく批判していたようです。
 これに対し、経済産業省のある幹部は「事態が最悪の方向に動いたため、官邸は東電や保安院をスケープゴートに仕立てようとしている」と漏らしたそうです。こうした相互不信は現在も完全には払拭されていないようですが、果たして一体何が問題だったのでしょうか。  
 毎回お断りしていることですが、このコラムは「犯人探し」が目的ではありません。本稿では将来「政治任用職」が今回と似たような危機的状況に置かれた時、ボスである「政治家」とその配下にある「官僚組織」との意思疎通を如何に円滑化できるかについて考えたいと思います。

組織改革の提案
 
6月1日、日本を訪問していたIAEA調査団が作成した福島第一原発事故に関する報告書案の内容が明らかになりました。その中でIAEAは「原子力規制当局の独立性と透明性を保つべきだ」と指摘しています。
 続いて6月7日には、日本政府が今回の原発事故に関する28項目の教訓をまとめた報告書をIAEAに提出しました。その中にも政治家と官僚組織との関係に触れた部分が2箇所あります。ちょっと長くなりますが、該当部分をご紹介しましょう。 http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/iaea_houkokusho.html

(18)中央と現地の関係機関の役割の明確化
 事故当初、情報通信手段の確保が困難であったことなどから、中央と現地を始め、関係機関等の間の連絡・連携が十分でなく、また、それぞれの役割分担や責任関係が必ずしも明確ではなかった。・・・・・・特に、事故当初においては、政府と東京電力との間の意志疎通が十分ではなかった。
 このため、原子力災害対策本部を始めとする関係機関等の責任関係や役割分担の見直しと明確化、情報連絡に関する責任と役割、手段等の明確化と体制整備などを進める。
(23)安全規制行政体制の強化
 ・・・・・・原子力安全確保に関係する行政組織が分かれていることにより、国民に対して災害防止上十分な安全確保活動が行われることに第一義的責任を有する者の所在が不明確であった。また、現行の体制は、今回のような大規模な原子力事故に際して、力を結集して俊敏に対応する上では問題があったとせざるを得ない。
 このため、原子力安全・保安院を経済産業省から独立させ、原子力安全委員会や各省も含めて原子力安全規制行政や環境モニタリングの実施体制の見直しの検討に着手する。

 要するに、「情報通信手段確保が困難だったなど」の理由で関係者間の「連絡・連携が十分でなく」、「それぞれの役割分担や責任関係が必ずしも明確ではなかった」、今後は「原子力安全・保安院を経済産業省から独立させ」、「実施体制の見直しの検討に着手」するというのです。
 こうした結論に異論がある訳ではありません。しかし、このような組織改革だけで関係者間の連絡・連携は改善するのでしょうか。とてもそうは思えません。政治家と官僚組織の連絡・連携は組織の改革だけではなく、むしろ政官相互不信の改善によって進むと信じるからです。

官僚の性(さが)を知る
 
政治家が官僚組織から真実を引き出すためには幾つか押さえるべきポイントがあります。官僚とて人間ですから、公僕の論理が組織の論理に優先するようになれば、彼らの行動はより合理的で国益に適うものになるはずです。法律上の問題と法令外要素に分けて説明しましょう。
 第一は、関係法令をよく勉強することです。
 各官僚組織には必ず「設置法」があります。その役所の役割、責任、権限はすべて法律に書いてあります。例えば、あなたがある主管大臣の政治任用職であれば、その官僚組織の権限の限界を知るためにも設置法を一度は目を通しておくべきでしょう。
 主管大臣は法律に書いてある権限を行使できます。各官僚の所掌分野を詳しく知れば、法律上あなたはその官僚に対し必要な情報提供を求めることが出来るはずです。これに抵抗できる官僚は霞ヶ関にいないでしょう。しかし、これだけで欲しい情報は上がって来ません。
 第二に重要なことは、官僚たちにあなたがその「組織の一員」であると感じさせることです。
 官僚は国民の公僕ですが、官僚組織の構成員でもあります。霞ヶ関では多くの官僚組織が、組織の権限を最小限維持し、可能なら拡大する「力量」を競い合う、一種の「集団スポーツ」に勤しんでいます。残念ながら、霞ヶ関であなたはその「審判」ではなく、「プレーヤー」なのです。
 あなたが「審判」になりたがっていると官僚組織に悟られた途端、官僚のあなたに対する情報提供は法令上最小限の量になります。これでは官僚が政治家に「真相を喋る」はずはありません。情報が欲しければ、間違っても官僚組織の中で「審判」になろうなどと思わないことです。
 誤解のないよう申し上げますが、あなたに「官僚の味方になれ」と言っているのではありません。「官僚を巧く取り込め」と申し上げているのです。今の官邸はあまりに官僚組織に対する不信感が強いせいか、「官僚の取り込み」が実に下手だと思います。
 第三は、その上で、官僚に各組織の「省益」よりも「国益」を重視するよう説得することです。
 官僚が国益のため働くことは本分のはずですが、長い間霞ヶ関で働いていると建前論だけでは生きていけないことを知ります。個々の官僚が「組織の論理」を超えて、あなたの言う「国益」に沿って働くためには、官僚たちがあなたに「守られている」と感じるよう仕向ける必要があります。
 そのような「保護」の本質は「処遇」と「免責」です。あなたのボスである主管大臣の権限の範囲内で適切な「処遇」と「免責」を与えることが出来れば、その官僚組織のあなたへの情報提供は見違えるほど改善するはずです。これこそが「政治主導」のあるべき姿でしょう。
 次回はこの「保護」について更に詳しくご説明します。