コラム 外交・安全保障 2011.06.10
今回は官僚組織との付き合い方について考えましょう。3月11-12日の首相官邸の初動対応を振り返ってみると、官僚組織、特に原子力安全・保安院の動きが気になります。ポイントは関係省庁の権限と責任(および限界)を知り、行政実務の論理を理解することです。
改めて誤解のないよう申し上げますが、このコラムの目的は今回の大震災関連対応の不手際につき「犯人探し」をすることではなく、あくまで政治任用職としての行動指針は何かを検証することにありますので、念のため。
海水注入中断:政治の問題
5月27日、海江田経産相は記者会見で「どうして虚偽の報告がなされたのか調べたい」と述べました。3月12日に福島第1原子力発電所1号機への海水注入に関して東京電力が事実と異なる報告をしていたというのです。現時点で判明している同日の事実関係は次の通りです。
18時ごろ 菅直人首相、東電に海水注入の準備を要請
19時04分 東電、海水の試験注入を開始
19時25分 東電、注入を停止したと当初発表(その後停止しなかったことが判明)
19時55分 菅首相、海水注入を指示
20時20分 東電、海水注入を開始と当初発表(実際には既に開始されていた)
要するに、東電は官邸の検討とは別に、19時4分に海水の試験注入を始めていた。ところが、19時25分、何らかの理由(当初、菅首相の了解が得られていないためと報じられた)により、注入を停止する、はずだった。ところが、実際には現地判断で注入は続いていた、ということです。
経産相が「虚偽の報告が行われた理由を調べる」と述べたことは驚きです。海水注入問題の直接の担当大臣は経産相ご自身なのですから、天に唾するような話なのでしょう。官僚や業界が大臣に嘘をつく理由は、多くの場合、政治家が本当のことを言えない状況を作っているからです。
誰でも自分の身が一番可愛いですから、官僚は自己防衛のために嘘をつくのです。こうなれば、政治家が官僚組織や業界をコントロールすることはできなくなります。政治家に仕える政治任用職としては、このような風通しの悪い雰囲気を徹底的に打ち壊さなければなりません。
ベントの遅れ:官僚組織の問題
原子力安全・保安院も罪深い役所です。福島第一原発事故発生直後、保安院は首相に「原発は大丈夫です」と報告していました。3月11日17時前、保安院幹部は「蒸気タービンで駆動する冷却系が働いており、バッテリー(蓄電池)は7、8時間保持される」とすら述べています。
実はその直前、東電から「15条事態」の通報が入っていました。原子力災害対策特別措置法に基づく15条通報とは、原子炉内に注水できず冷却機能を失うなど重大緊急事態が発生したことを意味します。3月11日夜から12日朝までの保安院の動きをここに再現してみましょう。
3月11日
22時00分 保安院、「12日03時20分には2号機のベントが必要だ」と官邸に報告
23時過ぎ 首相が経産相、原子力安全委員長、保安院幹部らと協議、「ベントすべし」との考えを東電に連絡
3月12日
01時30分 首相官邸、経産相を通じ東電にベントで圧力を下げるよう指示
02時20分 保安院、「最終的に開ける(ベントする)と判断したわけではない。過去にベントの経験はない。一義的には事業者判断だ」と会見で説明
03時すぎ 経産省・東電合同記者会見、経産相は「ベントを開いて圧力を下げる措置を取る旨、東電から報告を受けた」と説明。東電常務は「国、保安院の判断を仰ぎ、(ベント実施の)判断で進めるべしというような国の意見もありまして」と発言。
06時00分 保安院、1号機中央制御室で通常の約1000倍の放射線量が計測されたと発表。
06時50分 政府は原子炉等規制法に基づき、東電にベントをするよう命令。
保安院も、また当然ながら東電も、技術的に「ベント」の必要性は早い段階から分かっていました。両者は、その責任を国と事業者のどちらが負うかについて、綱引きをやっていたということでしょう。もちろん、平時であれば、こんなことは極当たり前の「霞ヶ関のスポーツ」です。
問題は今回の原発事故が平時ではなく、有事だったことでしょう。有事の場合、官僚組織の行動原理は極めて単純です。第一は責任を回避すること、第二は逆境を利用して「焼け太る」ことであり、それ以外のことは実に瑣末なことなのです。
緊急時に役所が国益を考えないとまでは言いませんが、同時に、そのような緊急時に省益を考えられないようでは優秀な役人とは言えません。残念ながら、政治任用職が付き合わなければならない官僚とはこの種の人々なのです。まずは、このことを十分理解してください。
それでは優秀な官僚たちが皆「ワル」なのかというと、決してそのようなことはありません。官僚だって人間ですから、ツボさえ押さえれば必ずコントロールできます。次回は、危機的状態の中で如何にして官僚に「本当のことを言わせるか」について考えてみましょう。