政策提言  グローバルエコノミー  2011.05.27

「強い農業」を作るための政策提言 

  キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 山下一仁が座長をつとめる「 「強い農業」を作るための政策研究会 」(於:国際経済交流財団)が、「 「強い農業」を作るための政策提言 」と題して報告書をまとめました。 同報告書(添付PDF)を下記要約と共に掲載いたします。

「強い農業」を作るための政策研究会
座長 山下 一仁  キヤノングローパル戦略研究所 研究主幹
   大泉 一貫  宮城大学 副学長
   本間 正義  東京大学大学院農学生命科学研究科 教授
   北川 正恭  早稲田大学大学院公共経営研究科 教授
   大田 弘子  政策研究大学院大学 副学長
   木村 福成  慶應義塾大学経済学部 教授
   大橋  弘  東京大学大学院経済学研究科 准教授
   宮台 真司  首都大学東京都市教養学部 教授
   川本 裕子  早稲田大学大学院ファイナンス研究科 教授
   木内 博一  農事組合法人和郷園 代表理事
   齋藤 一志  (株)庄内こめ工房 代表取締役
   松本 泰幸  (株)日本アグリマネジメント 代表取締役社長
   緒方 大助  らでぃっしゅぼーや(株) 代表取締役社長
   唐笠 一雄  元 生協役員
   畠山  襄  (財)国際経済交流財団 会長



「強い農業」を作るための政策提言(要約)
2011.5.25
「強い農業」を作るための政策研究会

 これまで、農政は、輸入数量制限や異常に高い関税で、国内農産物市場を外国産農産物から守ってきた。にもかかわらず、農業が衰退してきたことは、その原因が海外ではなく国内にあるということを意味している。つまり、高い関税や高い価格で農業を保護するという政策は、農業の振興という点では、既に破たんしている。TPPに参加する、しないにかかわらず、現在の政策では農業の衰退をとどめることはできない。

 高い関税で国内市場を守っても、それは高齢化・人口減少で、どんどん縮小していく。日本農業を維持振興していくためには、農業を国際競争力のある産業に育て、海外の輸出先市場の関税撤廃などを求め、貿易自由化交渉に積極的に参加していく必要がある。

 TPPに参加することによって、「農業がつぶれる」というのが農業界の有力な主張である。しかし、輸入による収入減を農家への補助金(直接支払い)によって相殺すれば、マイナスの影響はなくなり、「農業がつぶれることはない」。さらに、以下の理由によって、TPP参加によるマイナスの影響は極めて小さく、農家への直接支払い額は大きなものとならない。

 第1に、最も影響を受けるといわれている米についてさえ、国内価格の低下と外国産米の価格上昇によって、品質を考慮した内外価格差は、30%程度と大幅に縮小している。自動車について、高級車と軽自動車では品質格差を反映して大きな価格差が存在するように、米についても、日本米とタイ米とでは消費者の評価に大きな差があり、また、日本市場やアジア市場において、最高ランクの日本米とカリフォルニア産米、中国産米とでは品質格差に基づく大きな価格差がある。このような市場の実態を無視して、米作農業はつぶれると主張するのは、誤りである。現在の状況でも、TPPで関税がゼロになっても、米に影響が生じない可能性が高い。

 第2に、現在米の関税は一俵(60kg)当たり20,460円である。関税を撤廃することとしても10年間の段階的な引き下げ期間が認められるので、削減される関税賦課後の輸入米の価格が現在の国産米の価格13,000円と均衡し、これを下回るようになるのは、価格が3,000 円であるタイ米であっても6年後(関税は10000円程度へ)である。

 この間に、次のような少なくとも6つの政策を講じれば、農業はつぶれるどころか、発展する。

 第一に、減反政策の段階的廃止である。日本農政の特徴は、高い価格で農家を保護してきたことである。減反政策は、供給を制限することで価格を高く維持したほか、単位面積当たりの収量の増加を抑制し、コスト・ダウンを困難にしてしまった。減反政策を5年程度かけて廃止すれば、価格低下に単位面積当たりの収量の増加が加わり、国産米の価格競争力は大きく向上する。TPPによる関税撤廃の影響の可能性は、今よりもさらに小さくなる。

 第二に、農家の規模拡大支援である。輸入による収入減を補うための直接支払いの交付対象を一定規模以上の農家に限定し、これら農家に農地を集積させ、規模を拡大すれば、関税撤廃で影響を受けないどころか、輸出が可能となる。補助金の財源は、減反制度の見直しとセットで現在の農林水産省の予算を見直すことで、十分捻出できる。直接支払いの交付対象とならない一定規模以下の農家については、農地を一定規模以上貸付けることで、生計をたてることができる。国内の市場が高齢化・人口減少によって縮小する中で、輸出市場を獲得することは、国内農業が発展するばかりか、農業資源を維持して食料安全保障の確保につながる。
 アメリカもEUも直接支払いによって、国際市場で競争している。規模拡大を促すような適切な直接支払いが導入されれば、TPPで国内農業は潰れないどころか、関税が撤廃された海外市場に向かって、大いに発展する可能性がある。

 第三に、農地制度の見直しである。 「所有、経営、耕作(労働)」の三位一体の農民的土地所有が最も適当であるという、いわゆる「自作農主義」を基本理念とする農地法は、農業経営や農地の耕作は従業員が行い、農地の所有は株主に帰属するという、株式会社のような所有形態は、家族経営が法人成りしたような農民的土地所有に近い場合しか認めていない。ベンチャー経営者が起業するときに、通常行われる、出資による参入を認めていないのである。また、農地法のもう一つの目的は、農地転用を規制することによって、食料安全保障に必要な農地資源を確保しようとするものだったが、厳格な運用は行われなかった。
 農地政策については、以下の見直しを行うべきである。
 自作農主義から脱却し、若者やベンチャーなどの新規参入が促進できるよう、一定の資本金額以下の農業企業については、農業生産法人の要件を撤廃する。信託銀行、信託会社、土地改良区等による信託も可能にする。農業ファンドが農業機械等を購入して、主業農家や新規参入者に信託による農地管理を委ねることができれば、さらなる構造改革が期待できる。また、農地転用はやむを得ない場合に限定するとともに、その場合においても、農地転用税を課し、これを農業構造改革の対策の財源とすべきである。換地処分を伴う低コストでの基盤整備を推進し、圃場規模の大規模化や零細分散錯圃を解消する。他方、耕作放棄を防止するため、農地として利用していない土地については市街化区域内の宅地並み課税を行う。

 第四に、農協制度の見直しである。総農地面積が一定で一戸当たりの規模が拡大すると、農家戸数は減少する。組合員の圧倒的多数が米農家で、農家戸数を維持したいJA農協は、農業の構造改革に反対した。米価引き上げによる多数の兼業農家維持は、農外所得や農地転用利益の農協口座への預け入れなどを通じた農協経営の安定や政治力維持につながった。米価・減反政策による零細な兼業農家の維持が、農家以外の人も農協を利用できるという准組合員制度、信用事業および共済事業の兼務という農協に与えられた大きな特典と相まって、農業の発展ではなく、脱農化の方向で、農協を大きく発展させてきた。
 JA農協の組合員は、とうとう「准組合員」が「正組合員」を上回った。また、兼業農家主体の農業関係事業は恒常的な赤字で、信用・共済事業の黒字で補てんしている状況である。市町村合併で行政が撤退した中山間・過疎地域では、買い物難民や生活弱者が発生している。JA農協を、"農業"協同組合ではなく、生活物資の供給、集落の維持、公共サービスの提供など地域の相互扶助を行う"地域"協同組合として再出発させてはどうか。すなわち、JA農協が転化した地域協同組合と職能組合としての主業農家主体の専門農協を作るのである。新しく作られる農協には、生協と同様、信用事業の兼務や准組合員制度は認めない。現在のJA農協でも、農業で十分活動しているところは、農業部分を切り離して、新農協法のもとで農協として再出発すればよい。

 第五に、東日本大震災の被災地の復興に向けて、東北地方の農業特区による規制緩和を含めた強い支援である。このために、国民全体が全力を傾注する必要がある。全販売農家を対象とし、バラマキとの批判が絶えない、戸別所得補償についても、対象農家を一定規模以上の企業的な農家に限定するなどによって、復興のための財源をねん出すべきである。強い支援により、若者の参入する魅力ある、かつ競争力ある新生東北農業の建設を行う。具体的には、高齢化で農業を継続できなくなった農家の農地を集めたり、別の地区の農地との交換を行って農地をまとめるという換地処分を行ったりして、0.3ヘクタール区画の標準的な農地整備ではなく2ヘクタールの大規模区画にすれば、作業の効率化の効果に加え、育苗、田植えという旧来の技術に代えて、水田に直接種をまく直播という新しい技術も導入できる。これによってさらにコストは低下し、農業収益は増加する。大区画農地を若手農業者に配分すれば、世代交代も実現できる。高齢農業者も農地を貸せば地代収入を得る。
 そのために必要な費用については、被害に遭わなかった者も含め、国民全体で負担していくべきである。そうすれば、いずれ東北は、我々国民全体に、美しい農村風景と豊かな農産物の実りをもたらしてくれることだろう。

 第六に東日本大震災と大津波のために、TPPへの交渉参加の議論は、忘れがちだが、東北農業こそ、日本の農業の先頭に立ち得るよう、強い支援をし、TPPにより、輸出産業として育つ環境を整備すべきである。こうした経験は、日本農業全体の新生にもつながると期待できよう。
 高齢化と人口減少で国内市場が縮小していく中では、輸出によって海外市場を開発しなければ、食料安全保障は確保できず、日本の農業の将来もない。TPPに参加することで、輸出しようとする相手国の関税を低くし、検疫措置などの非関税障壁も撤廃させていくことが可能となる。農業界こそ市場確保のため、輸出振興につながるTPPに積極的に対応すべきである。

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