コラム  外交・安全保障  2011.05.12

政治任用制度の研究(8):2011年4月25-26日の米国南部ハリケーンへの対応から

シリーズコラム『政治任用制度の研究:日本を政治家と官僚だけに任せてよいのか』

 5月1日深夜に全世界を駆け巡った「オサマ・ビン・ラーデン、米軍の特殊作戦により殺害」のニュースの影に今ではすっかり隠れてしまいましたが、米国では4月25日夜から翌26日早朝にかけて、アーカンソー、アラバマ、ミシシッピー、ジョージアを含む南部諸州が過去37年間で最悪と言われる大型竜巻の被害に遭いました。2005年に大型台風ハリケーン・カトリーナが米国南部を襲った際には、ブッシュ政権の対応の遅さが厳しい批判にさらされていますが、今回の竜巻はオバマ政権が経験する初の大規模自然災害ということもあり、その初動の対応に注目が集まりました。今回のコラムでは、この事態にオバマ大統領がどのように動いたのかを追いながら、このような際に政治任命者たる側近が上司である政治指導者を支える際に考慮すべき要因について考えてみます。


初動の素早い対応
 今回の竜巻の被害に対するオバマ政権の対応は、ブッシュ政権のハリケーン・カトリーナへの対応よりもはるかに迅速である、という見方が一般的なようです。4月27日付のワシントン・ポスト紙では、連邦災害管理庁(FEMA)のフューゲイト長官及び彼のスタッフは「非常に能動的で、我々と既に定期的に連絡を取り合っている」というアーカンソー州の災害管理庁長官のコメントや、「(FEMAは)各州に対して信じられないくらい能動的だ。ただ事態が起こるのを待っているのではなく、竜巻が通り過ぎた直後には我々が必要なものは何か聞いてきた」というミシシッピー州災害管理庁報道官のコメントを紹介しています。ちなみに、ミシシッピー州の知事は、共和党で全国委員会委員長を務めた経験もあり、一時は2012年大統領選に出馬するのではないかとも言われていた共和党の大物政治家のヘイリー・バーバー氏ですが、バーバー知事も「オバマ大統領の支援に対するコミットメントと連邦政府の支援に感謝している」というコメントを出しています。
 これだけ読むと「初動の対応が素早いな」という感想しか出てこないかもしれません。ですが、昨年、BPがメキシコ湾で原油を流出した事件へのオバマ政権の対応が「当事者意識に欠ける」「危機管理能力が欠如している」と厳しい批判の対象になったこと、前任のブッシュ政権が2005年にハリケーン・カトリーナが米国南西部を襲った際に、被害地域における略奪などがメディアで広範に報じられているにも拘わらず、被害を受けた州への支援体制がなかなか整わなかったことを厳しく批判され、2006年の中間選挙で共和党が大敗する要因の一つとなったこと、などを考えると、今回、オバマ政権がこれだけ素早い対応をしたのには、ちゃんとした理由があったことが分ります。被災者に一刻も早く支援の手を差し伸べることが政策上必要であることは言うまでもありません。加えて、2012年に大統領選挙を控えるオバマ政権は、今回の災害への対応が遅れることで昨年の原油流出事故の際に受けたような批判を再び受けることは、なんとしても避けなければならないという政治的な理由もあったのです。


オバマ大統領の素早い現地入り~菅総理の対応との違い
 オバマ大統領がミシェル夫人を伴って、竜巻の被害が発生した翌日には被災地を訪れて、被災者やその家族と言葉を交わし、現地の被害状況を視察しています。これも、オバマ政権が今回の災害への対応を失敗してはならないと考えていることの現れです。3月11日の東日本大震災の際、菅総理による最初の現地視察は震災翌日の12日。オバマ大統領の今回の視察のタイミングとほぼ同じです。しかも、大規模自然災害後の現地視察は、受け入れる側の負担も大きく、タイミングが非常に難しいものです。にも拘わらず、オバマ大統領の現地入りは「素早い対応」として好意的に評価される一方、菅総理の視察は「かえって福島第一原発での冷却作業を遅らせる結果となったのではないか」と今でも議論の対象になっています。
 この評価の違いはどこから来るのでしょうか。第一に視察の内容が挙げられます。菅総理は、視察の際、福島第一原発を訪問した他は、被害の状況を上空からヘリコプターで視察したのみ。実際に被災地で避難所を訪問するなどしたのは、震災発生から3週間が経過した4月2日でした。これに対して4月27日のオバマ大統領は、ミシェル夫人や側近数名とともに州の関係者の案内を受けながら、実際に被害に遭った地域を自分の足で歩いて視察。さらに夫人とともに被災した市民と会い、被害当時の状況などについて直に聞き、プレスに対しても視察中に取材に応じ「これほどの酷い被害は見たことがない。ぞっとする酷さ(appalling)だ」と自分の言葉で語っています。それぞれの国民から見た二人の指導者の姿は、前者が原発事故のみにこだわり、被災者の被害などに無関心であるかのような印象すら与えたのに対して、後者は災害発生直後に自分の目で被害状況を見、現地関係者から直接話を聞くことで連邦政府が地元のためにできることは何かというニーズを拾い上げ、被害者の声を聞く、つまり、被災者に寄り添う行為に映ったわけです。これが、オバマ大統領が、視察時に、州の災害対応関係者を叱責していたり、被災者対応の陣頭指揮を取るかのような行動をとっていたとしたら、視察への評価は真逆のものとなり「州政府の対応への過剰な介入」という批判に晒されていたことでしょう。


重要な側近のアドバイス
 このような場合に、指導者を支える立場の政治任用スタッフは何を考えなければならないのでしょうか。
 誤解を恐れずに言えば、政治任用スタッフの役割は、いかなる状況でも、どのように上司が行動することが、上司にとって最も政治的にプラスになるのかを常に考えることです。そのことは、国政の中では、置かれた事態の中で国民が自分の上司に何を求めているのかを考えることでもあります。
 例えば、大規模災害の直後、国民が指導者に期待することは何でしょうか。最も期待することは、被害の全容を把握し、被災者を救済することに国が全力を挙げていることが伝わってくることでしょう。そこでは、上司が被災者救済に向けた方針を一国も早く打ち出すためにどのような情報を集め、上司に上げていけば良いかを考えることが非常に重要です。さらに、政府による情報発信の方法も考えなければなりません。例えば、停電が続いてテレビやラジオなどが殆ど仕えない状況でいくら記者会見のテレビ中継をやっても、被災者には何の情報も伝わりません。その場合は代替の情報伝達の手段にはどのようなものがあるのかについての情報収集も必要です。
 また、「国の指導者が被災した自分達のことを思いやってくれている」と被災者が感じられることも、救済策の迅速な発表と同じぐらい、或いはそれ以上に重要です。この点で、被災地の視察は諸刃の剣となります。視察に入る時期が早すぎても、受け入れる側に負担となりますが、遅すぎても「今更」と思われてしまいます。また、視察に行っても、例えば、避難所に殆ど立ち寄らない日程だと、被災者に「自分達のことはどうでも良いのではないか」という印象を与えてしまい、視察が却って逆効果となります。ですから、側近たる政治任用者としては、上司がどの時点で、どのようなスケジュールで被災地を訪問するのが最も望ましいのかについても考えなければなりません。
 このような諸点について、プロフェッショナル集団である官僚機構の意見を聞きつつ情報を集め、上司の性格も考慮しながら、いかに自分の上司に最善の行動をとってもらうべく上司に意思決定に必要なオプションを提示していくかー事態が緊迫すればするほど、政治任用スタッフがこの点で果たす役割が重要になるのではないでしょうか。