メディア掲載  グローバルエコノミー  2011.05.09

効率的な農業と生活を実現する農村復興策を大胆に実行すべき

週刊ダイヤモンド(2011年4月23日号掲載)

大規模区画の農地整備やコンパクトシティ化など計画的な復興策で、安全で住みやすい地域を新生させるべきだ。
 東日本大震災は、食料の重要性をあらためてわれわれに示した。被災地では食料や水などの生活必需品の供給が滞った。東京では一時パニックとなって、一部の消費者が食料を(余剰が続いて困っているコメまでも)買い占めた。他の物資と異なり、食料は、人間の生命・身体の維持に不可欠なものであり、わずかな不足でも人びとは焦り出すことを再認識させた。
 東北地方はわが国有数の食料基地である。だが、福島の原発事故の放射性物質漏れの影響により、生乳や野菜が出荷停止されるなどの被害が生じている。
 国内だけではなく、海外の輸入国も、日本からの農産物の輸入を禁止したり、放射能基準適合証明書を要求したりしている。海外においても風評被害が発生している。できるだけ早く放射能汚染を封じ込め、生産者に対する補償を迅速に実行していくべきである。
 食料生産のためにも、政府は災害を二度と起こさないように地域を復興しなければならない。今回の震災で大きな被害を受けた農地の機能を回復するためには、がれきの除去、海水に漬かった農地の除塩、パイプラインの補修など、そうとうの費用と時間がかかる。ただし、放射性物質により汚染された農地対策については、十分な知見の蓄積がないのではないかと危惧される。
 畔もなくなっているので、元あった一筆の農地の形状を復元するのは難しい。また、仮に農地が回復したとしても、高齢の農業者が、新たに機械を購入して、営農を再開することは、困難だろう。
 したがって長期的には、関東大震災のときに後藤新平内務大臣が東京復興計画を立てたように、震災地域一帯を新生させる大胆な発想が必要なのではないだろうか。
 見方を変えれば、今回は、農業を効率的な産業として新生させる大きなチャンスでもあるのだ。

公社の農地先買い権 農地信託事業の開放
 現在、農地整備は0.3ヘクタール区画を標準に行われている。これを2ヘクタールの大規模区画にすれば、労働時間が短縮できるだけでなく、育苗、田植えという従来の技術に代え、水田に直接種をまくという新しい技術が導入できるので、さらにコストダウンが図られ、農業収益は増加する。 現に福井県では、何人かの農家の所有地を集め、2ヘクタール区画の農地を実現している。一筆の農地を1人が所有するというやり方にこだわらない方法である。
 フランスの公社が退出する農家の農地を若手農業者に配分したように、若手農業者に農地を集積するとともに、これら農業者に補助金により大型機械を導入すれば、世代交代と規模拡大を一挙に実現できる。
 被災地を対象とする特別措置法を制定し、今まで認められなかった、他の者に優先して農地を購入できるという公社の先買い権、農地信託事業の信託銀行や信託会社など一般法人への開放、政府出資を含む農業ファンドの創設による投資など、積極果敢な対策を講じるのである。これは、以前の農業の復旧ではない。効率的な新生農業の建設である。
 しかし、これを農業だけの世界で行おうとすれば、効果も不十分で限定されたものになってしまう。農業も、生活施設も、住宅も、すべてを含んだ、地域全体の土地利用計画の下で、総合的な対策が講じられなければならない。
 日本の農業・農村については、これまで無計画な土地利用によって、まとまって存在していた農地の真ん中に住宅、倉庫、工場、市役所などが建設された結果、周りの農地は日陰となるなどの支障が生じている。しかも、都市的な地域が無秩序に農村部に張り出していくという乱開発は、景観を著しく損ね、国民から美しい農村風景を奪った。
 また、農村部には、若者が村を去って高齢者だけが残されるという限界集落の問題もある。お年寄りのために診療所を村に設置することも、彼らを中心地の病院へバスで送り迎えすることも、財政的に疲弊している地方の市町村には負担できない。 限界集落の住民ではなくても、郊外のショッピングセンターや病院に通うことは、クルマ等の移動手段のない高齢者や障害者など「交通弱者」に大きな負担を強いている。
 今回の震災については、拙速に復旧活動を行うのではなく、将来の地域のあり方について住民のあいだで十分に意見を交わし、以上のようなさまざまな問題を含めてすべてを解決できるしっかりした土地利用計画をつくり、災害に強い地域を建設していく必要がある。
 参考になるのは、青森市や富山市のようなコンパクトシティである。コンパクトシティとは、都市的土地利用の郊外への拡大というスプロール化を抑制するため、歩いて行ける範囲の中心市街地に医療、教育、商店、住宅など生活に必要な諸機能を集中配備し、コミュニティの再生や住みやすいまちづくりを目指そうとする、効率的で持続可能な都市のことである。
 幅員の大きい幹線道路を整備したうえで、堅牢な建物(集合住宅)を設置して住宅地は1ヵ所にまとめ、あいだに住宅などのない、まとまった規模の広大な農業用地を作り出し、効率的な農業を実現することができれば、災害対応にも、食料安全保障にも、美しい農村景観にも、貢献できる。耕作者もコンパクトシティに住み、この農地に通作すればよい。
 お年寄りも身近な病院で診察を受けることができる。さらに、モータリゼーションを抑制し、地球温暖化ガスの排出抑制にも貢献できる。大きな津波の被害を受けた三陸地域では、旧市街地の復活ではなく、後背地の高地にこのようなコンパクトシティを建設すべきであろう。

個別所有権の見直しや土地交換を行う
 こうした抜本的な土地利用計画の策定のためには、個別の土地所有権の見直しが必要となる。共同減歩というやり方がある。これは土地所有者が共通の負担率の下で土地を出し合い、公共用地を作り出すことである。また、土地を交換し合うという換地というやり方も活用すべきである。
 復興に向けて、国民全体が全力を傾注する必要がある。復興に必要な財源を捻出するために、子ども手当の見直しが議論に上っている。
 全販売農家を対象としているため、バラマキとの批判が絶えない、民主党政権の「戸別所得補償」についても、対象農家を一定規模以上の企業的な農家に限定するなど、復興財源のために圧縮すべきである。家族、仕事、家屋、財産のすべてを失った人が苦しんでいるなかで、所得の高い兼業農家にまで所得補償を行うべきではない。
 企業的な農家に限定した所得補償制度とすれば、被災地以外の地域でも、零細農家が退出し、企業的な農家に農地が集積し、規模が拡大するので、日本農業全体の効率化を実現することができる。
 しっかりした復興計画、土地利用計画の下に、農地整備、農村整備を行えば、震災発生以前よりも、はるかに強い農業と美しい農村を建設することができる。そうしなければ、われわれは、今回の震災で尊い命を失った多数の人びとの霊に報いることはできないだろう。
 また、こうした大胆な復興策が実現できれば、日本農業全体の新生にもつながることだろう。