メディア掲載  グローバルエコノミー  2011.04.26

「震災後の農業新生」

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2011年4月19日放送原稿)

1.まず今回の震災による農業被害の状況を説明してください。
 東北地方の農業は、今回の震災で大きな被害を受けました。津波による被害を受けた農地は、24千ヘクタールです。これ自体は、日本の全農地面積459万ヘクタールに比べると大きなものではないといえるかもしれません。しかし、太平洋戦争の終戦時に人口は7千万人、農地は550万ヘクタールもあったのに、飢餓が生じました。これ以上農地面積を減少させてはならないのに、この損失は大きなものです。しかも、被害農地の多くは、平野部の優良農地です。また、災害なので当然のことなのですが、被害は地域的に集中しています。宮城県太平洋岸地域の市町村平均では42%の農地が被害を受けています。
 仙台市の農地の塩分濃度は、通常の農地の19倍にも達していると言われています。さらに、水田に水を引いたり、排水したりする施設も大きな被害を受けています。排水施設が壊れているので、塩を抜こうとしても、水を流せない状況です。今回の震災で大きな被害を受けた農地の機能を回復するためには、がれきの除去、水路、パイプラインの補修、海水につかった農地から塩を除くことなどの対策に、相当の費用と時間がかかると思います。


2.放射能による農地汚染については、どうでしょうか?
 政府は、土壌1キログラムあたり5000ベクレルを超える放射性セシウムを検出した地域には、米の作付け制限を実施すると発表しました。福島第一原発から半径20キロ以内の「避難区域」とその外側の「計画的避難区域」では、米の作付け制限が行われるだろうと農林水産大臣は発言しています。それだけではなく、福島第一原発から30km以上離れた飯館村の二つの水田から、この基準以上の放射性セシウムが検出されています。飯館村には、2000年私が農林水産省地域振興課長のときに訪問したことがあり、当時から熱心に地域おこしを行っておられた菅野(かんの)村長とは、その時に著書をいただいたり、その後農村振興のシンポジウムでご一緒したりしました。これまでの菅野さんの努力が水泡に帰したわけで、菅野さんの無念の気持ちが痛いほどわかります。
 放射能による農地汚染というものは、これまで経験したことのないものです。放射性セシウムの半減期は30年と言われています。私は門外漢ですが、セシウムを吸収するひまわり等を植えるというやり方もあるようです。しかし、一年一作なので時間がどのくらいかかるか、土を入れ替えるとしても、放射性物質が広範囲の農地に分布している場合、汚染された土をどこにどのように処分するのか、その農地に見合う表土をどこから調達するのかなど検討が必要な問題があると思います。


3.農業の復旧にどのような対策が必要でしょうか?
 原子力発電所の事故から生じた問題については、生産者に十分な補償を行うとともに、政府も放射能汚染をできる限り早く封じ込め、また取り除くという対策を、総力を挙げて行うしかないと思います。
 津波で被害を受けた農地については、その多くは畔(あぜ)もなくなっているので、元あった農地の形状を復元することは難しいし、高齢な農業者が、新たに機械を購入して、営農を再開することも、困難だと思います。
 しかし、これは、非効率だった農業を効率的な農業に新生させる大きなチャンスととらえるべきです。田んぼの効率性は四隅の数で決まると言われます。同じ3ヘクタールの規模の農家でも、0.3ヘクタールの農地を10筆持っている農家と3ヘクタールの農地を1筆持っている農家とでは、後者の方が、機械作業が簡単となるので、少ない労働時間ではるかに効率よく生産できます。
 現在農地整備は0.3ヘクタール区画を標準に行われています。高齢化で農業を継続できなくなった農家の農地を集めたり、別の地区の農地との交換を行ったりして、農地をまとめ、2から3ヘクタールの大規模区画にすべきです。こうすれば、育苗、田植えという旧来の技術に代えて、水田に直接種をまくという新しい技術も導入できるので、さらにコストは低下し、農業収益は増加すします。国内でも、福井県では、何人かの農家の所有地を集め、2ヘクタール区画の農地で直播(じかまき)による米作を実現しています。
 しかも、こうして実現した効率的な大区画農地を若手農業者に配分すれば、世代交代も実現できます。引退した高齢農家の方も地代収入を得ることができます。フランスの公社が退出する農家の農地を若手農業者に配分したように、被災地を対象とした特別措置法を制定し、若手農業者による農業の新生を図ってはどうかと思います。例えば、公社が他の人よりも優先的に購入する権利を与え、購入した農地を若手農業者に優先的に売却する、あるいは、農協等の一部の法人にしか認めてこなかった農地信託事業を信託銀行、信託会社など一般の法人にも認め、信託農地で土地購入代金を支払えない若手農業者に営農させる、また、政府出資を含む農業ファンドを創設して若手農業者の資金繰りを援助するなど、積極果敢な対策を講じるべきだと思います。
 東北農業を元に復旧させるというだけではなく、東北農業を新生させるのです。そうでもしなければ、我々は、今回の震災で尊い命を失った多数の人々の霊に報いることはできないだろうと思います。