コラム 外交・安全保障 2011.04.22
リビアのカダフィ政府が市民を殺傷するのを防止するため飛行禁止区域を設定し、各国に「あらゆる必要な措置」を取ることなどを要請した決議が3月中旬、国連安保理で採択された。いわゆる軍事行動を承認した決議として知られている。反対した国はなかったが、中国、ロシア、ブラジル、インドおよびドイツが棄権した。中国やロシアの棄権はいつもの行動パターンからして驚くにあたらないが、人権・人道問題に熱心な国であるドイツの棄権は各国から注目を浴びた。ドイツはなぜ棄権したのか。
中東各地で相次いでいる民主化運動を背景に、各国はリビアでも独裁政治が終了するよう種々の支援を与えているが、カダフィはしぶとく、オイルマネーで入手した大量の武器を傭兵に与えて抵抗しており、多数の市民の殺傷もいとわず、反政府側が窮地に追い込まれる場面も出てきている。だからこそ国連はカダフィ政権に対する強い措置が必要と判断したのであるが、決議から1カ月以上が経過した現在もどちらが勝つか帰趨は定かでない。
フランスは英国とともに国際社会の先頭を切ってカダフィ政権に厳しい態度で臨んでおり、安保理決議より1週間も前であったが、反政府運動の中核であるリビア国民評議会を承認し、リビアを代表するのはカダフィ政府でなく国民評議会であると正式に認めた。リビアの現状にかんがみるとあの時点での承認は過早であったと思われるほどである。
ドイツはフランスから見て消極的なのであろう。サルコジ大統領やジュッペ外相はさすがにかなり抑えた物言いをしているが、プレスが報道するフランスの高官(ただし匿名)は「西側の連帯を弱める」、「メルケル首相は国内では評価されても高い代償を払うことになるだろう」、「独仏関係にとって深刻な打撃」などとかなり手厳しく批判しているそうである(独シュピーゲル誌による。仏ル・モンド紙も批判的である)。おそらく、匿名の発言のほうがフランスのドイツに対する見方を率直に表していると思われる。
先年米英などの多国籍軍がイラクを攻撃した際には両国とも慎重で参加しなかったが、今回はまったく意見を異にすることとなったわけである。
イラク戦争のときは社会民主党(SPD 中道左派)のシュレーダー氏が首相であり、同氏は連邦議会の選挙キャンペーン中からイラクに対する軍事行動に反対の意向を示していたこともあり、米国ではシュレーダー首相の政治的傾向で不参加になったとか、あるいは反米だとも評されていた。
しかし、今はすでにキリスト教民主同盟(CDU 中道右派)のメルケル首相に代わっており、同首相は米国との関係を重視する政治傾向である。そういう意味では親米のサルコジ大統領と共通点があるが、それでもメルケル首相はリビアに対する軍事行動には慎重な姿勢を貫き、国連決議に棄権した。そうすれば西側の連帯を乱すとして批判されるのは百も承知の上であったのは間違いない。
そもそもドイツは第2次大戦後国際協調を非常に重視し、とくに軍事行動については米国から参加を要請されても、あるいはヨーロッパ諸国から促されてもきわめて慎重に対応する傾向があり、他の西側諸国から行きすぎだと非難されることもあった。また、国連決議があるから安心してよいではないかと各国が説得に努めてもドイツ自身が確かめ納得しなければ動こうとしない。イラクの場合も今回もそういう意味で一貫しているのである。
ドイツが戦争での苦い経験から平和主義に徹し、また、国際協調を重視するのは日本と共通であるが、ドイツ人の心理には、ドイツが自己主張を強めると国際的な協調を重視しなくなるという恐れがあると言われている。ドイツが二つに分かれている状態ではドイツとして主張するのに制約があるので、統一が実現しないことは必ずしも悪いことでないという考えさえあったそうである。
そういう点は、外国に対してもっと強く主張しなければならないといつも反省しあっている日本人とは非常に異なっているが、ドイツがヨーロッパ統合に非常に積極的であり、そのためにかなりの持ち出しになることでも受け入れているのを見ると、国際社会との協調が崩れることを極端に恐れるドイツ人の心理も分からないではない。
しかしながら、そのように強い国際協調の信念に基づいて行動した結果、ドイツが西側の連帯を乱しているなどと批判されるのは皮肉な結果である。今回のリビアに関する対応においてフランスが国際協調的かと言えば首を傾けたくなる面があるだけに、複雑な国際政治において筋を通すのは容易でないとつくづく思われる。