コラム  外交・安全保障  2011.04.22

政治任用制度の研究(6):政治任用職を目指す人々のためのケーススタディ ~東日本大震災の初動②

シリーズコラム『政治任用制度の研究:日本を政治家と官僚だけに任せてよいのか』

 今回は3月11-12日の首相官邸における初動対応について考えてみましょう。誤解のないよう申し上げますが、このコラムの目的は今回の大震災関連対応の不手際につき「犯人探し」をすることではなく、あくまで政治任用職としての行動指針は何かを検証することにありますので、念のため。
 以下は、2011年4月4日付毎日新聞の特集記事「検証 大震災」にある事実関係を参考にしつつ書きました。


東電と菅首相の温度差
 福島第一原発事故発生直後から東電と菅首相の思惑は異なっていたからです。菅総理は直ちに半径10キロ圏住民の避難と海水の注入を提案しましたが、東電側は「そこまでの心配は要らない」、「炉が使い物にならなくなる」と激しく抵抗したそうです。
 また、東工大出身の菅首相は事故発生直後、伸子夫人に同大卒業生名簿を入手するよう求め、その後東工大出身者3人を内閣官房参与に任命しています。これだけでも、「原子力村」と呼ばれる電力業界、経産省、東大研究者のシステムを首相が信用しなかったことが分かります。
 このように「専門分野」に強い思い入れのある政治家がボスである場合、政治任用職のサポートは容易ではありません。当たれば大成功ですが、外れれば致命傷となる可能性もあり、それは一種の博打でしょう。政治家による半可通の口出しほど厄介なものはないからです。
 ボスは「自分こそ専門家」と信じているのですから、核物理学の大家でもない限り、他人のアドバイスは聞きません。当時菅首相と会った東電出身の笹森内閣特別顧問も、「(首相は)原子力について政府の中で一番知っていると思っているんじゃないか」と皮肉混じりに述べたそうです。
  3月15日、菅首相は遂に東電本店に乗り込んで幹部に怒声を浴びせ、官邸に戻った後も「東電のばか野郎が!」と怒鳴り散らしたそうです。菅首相の初動の判断は正しかったのかもしれませんが、こうなってはもう誰も首相の言うことなど聞かなくなるでしょう。
 危機的状況下こそ、あなたのボスには専門知識に振り回されず、冷静な政治判断に集中してもらわなければなりません。そのためには、必要に応じ、ボスに対していつでも諫言できる強い信頼関係が重要です。もちろん言うは簡単ですが、実行は決して容易ではありません。


首相の陣頭指揮は必要か
 話を元に戻しましょう。11日夜、菅首相は東電が「ベント」により格納容器内の圧力を下げることを強く望みました。これに対し保安院は、「ベント」はあくまで事業者たる東電の判断であり、政府が責任を負う形で「命令」したくはなかったのだと思います。
 首相が「政治主導」を真に発揮すべきだったのはここです。事業者は本能的に今後の事業展開を考え、先ず「アセット(この場合原発)の保護」を考えます。しかし、事態が一定の状況を超えれば、「アセットの保護」よりも「国民の安全」が優先されるべきです。保安院の躊躇いを乗り越えてその決定ができるのは、首相しかいません。
 同時期、首相の秘書官らは「原子力緊急事態宣言」の発令に関する首相の法的権限を六法全書と首っ引きで調べていたそうです。また、首相執務室にはホワイトボードが運び込まれ、現場に急遽送られた電源車の現在地が刻々と書き込まれていったとも報じられました。
 12日に水素爆発があった時、菅首相は「なぜ官邸にすぐに報告できない。こんなことをしていたら東電はつぶれる」と、東電から官邸に派遣された幹部を怒鳴りつけたそうです。更に夕刻には首相執務室横の特別応接室に「私設本部」を設置し、東電幹部と経産相を常駐させました。
 そこで菅首相は経産相や東電幹部を質問攻めにする一方、官僚とは全く話をしなかったそうです。しかし、こんなことを続ければ、「政治主導」どころか、首相が原発事故対策の「直接当事者」となり、すべての責任を負わされかねない困難な立場に追い込まれる恐れがあります。
 避難所で厳しい生活を強いられている被災者の支援、震災により滞った物流の回復、供給が途絶えたガソリンの調達など、問題は山積していました。今回、首相が原発で「政治主導」に拘った結果、官邸はそれ以外の震災対策に十分目配りできなくなってしまった可能性があります。
 あなたのボスにこんなことをさせてはいけません。一国の首相が重要政治問題で陣頭指揮を執ることと、原発事故や自然災害対策の当事者になることとは、本質的に違うのです。このことを正確に理解しなければ国家統治などできないと思います。
 今回は、政治任用職にとって、自分のボスの性格を良く知り、信頼を勝ち取ることが如何に重要かについて考えました。次回は、自分が仕えるボスのために、関係省庁の権限と責任(および限界)を知り、行政実務の論理を理解しておくことの大切さについて考えます。