コラム  外交・安全保障  2011.04.15

政治任用制度の研究(5):政治任用職を目指す人々のためのケーススタディ ~東日本大震災の初動①

シリーズコラム『政治任用制度の研究:日本を政治家と官僚だけに任せてよいのか』

 政治任用制度は日本ではほとんど前例がありません。これまでも非政治家、非官僚である一部有識者が首相補佐官や内閣政策参与に任命された例はありますが、これらは首相の「スタッフ」として限られた分野の特命事項を担当するケースがほとんどでした。
 私たちが考える政治任用職はこのような限定的なものではなく、より広範な権限を持ち、実際の政策決定の「ライン」に入ることを想定しています。スタッフとして特命事項のみを担当するだけでは、現在のような硬直化した意思決定プロセスを打破することはできないと考えるからです。
 いずれにせよ、このような「政治任用職」はまだ制度化されていませんので、実際に何がメリットか、ディメリットかを理解することも容易ではないでしょう。そこで今回からはこのような視点から、様々なケーススタディを通じて、政治任用職の具体的役割について考えてみたいと思います。
 第一回は福島第一原発危機の初動体制を取り上げます。菅内閣官邸と主要閣僚の直属の部下が職業公務員ではなく、政治任用職であるとしたら、状況は如何に変わり得るか、改善し得るかという観点から、今回の危機管理のあり方を改めて検証してみましょう。
 以下の事実関係については、2011年4月4日付毎日新聞の特集記事「検証 大震災」を参考にして、まとめました。


福島第一原発事故の初動体制
 3月11日の大震災発生以来一ヶ月が経ち、原発事故発生直後の初動の様子が徐々に明らかになりつつあります。まずは以下の通り事実関係をとりまとめ、官邸、東電など関係者の動きを再現してみます。


3月11日
14時46分 大地震発生。東京電力副社長、第1、第2原発全基停止の報告を受けるが、大事故発生までは予想せず
15時42分 津波で交流電源が失われ、東電は保安院に10条事態(注)を通報
16時36分 冷却システムが機能停止、東電は保安院に15条事態(注)を通報。首相は半径10キロ範囲の住民避難と海水の注入を主張するも、保安院は一貫して「原発は大丈夫」と報告
(注)原子力災害対策特別措置法:10条は原子力事業所の原子力防災管理者(発電所長)に、敷地境界付近で基準以上の放射線量を検知するなどした場合、主務大臣(経産相)などへの通報を義務付け。15条は、さらに厳しい事態の場合、主務大臣が首相に報告し、首相は原子力緊急事態宣言を発令すると定める。
16時54分 首相、直前に「冷却機能停止」を知るも、記者会見では楽観論に終始
19時03分 首相、原子力緊急事態宣言を発令
21時23分 政府、半径3キロ圏内避難を指示
22時00分 保安院、「12日03時20分には2号機格納容器内圧力が上昇するためベントが必要」との見通しを官邸に報告
23時過ぎ 首相、経産相、原子力安全委員長、保安院幹部らと協議、「ベントすべし」との考えを東電に連絡

3月12日
01時30分 首相官邸、経産相を通じ東電にベントで圧力を下げるよう指示、「何なら、総理指示を出すぞ」と威圧
02時20分 保安院、記者会見で「最終的に開ける(ベントする)と判断したわけではない。過去にベントの経験はない。一義的には事業者判断だ」と説明
03時過ぎ 経産省・東電合同記者会見、経産相は「ベントを開いて圧力を下げる措置を取る旨、東電から報告を受けた」と説明。東電常務は「国、保安院の判断を仰ぎ、(ベント実施の)判断で進めるべしというような国の意見もありまして」と発言。
06時過ぎ 首相、福島に向け官邸を出発
06時50分 政府は原子炉等規制法に基づき東電にベントをするよう命令
07時過ぎ 首相、福島第一原発に到着
10時17分 東電、一号機でベントを開始
15時36分 一号機で水素爆発。首相は「なぜ官邸にすぐに報告できない。こんなことをしていたら東電はつぶれる」と東電から派遣された幹部を怒鳴りつける


政治任用職の役割
 福島第一原発事故の初動が遅れた最大の原因としては、①原子炉に関し菅首相に「個人的思い入れ」があったこと、②東京電力がぎりぎりまで「原子炉を守ろう」としたこと、③規制官庁たる原子力安全・保安院が対応を「一義的に事業者の判断」に委ね、責任回避に動いたこと、などが報じられています。
 これらの理由により、①今回の大震災復旧オペレーションの最高指揮官である内閣総理大臣自身が原発問題の細かい実務に忙殺され、②原発安全神話の崩れた東京電力が「廃炉」時期の判断を誤まり、③経産省、保安院が縦割り行政のセクショナリズムを克服できず、結果的に政府に対する国民の信頼を低下させたといえるでしょう。
 菅首相の判断・行動に裏には、電力業界、経産省、東大研究者が原子力政策を支配する「原子力村」への不信感があったとも報じられています。恐らく菅首相は今でも東電、経産省、保安院、原子力委員会など関係者を信じていないのでしょう。
 そうであれば、政治任用職の第一の仕事は、行政と政治の間のインターフェイスとなって、こうした相互不信を可能な限り払拭し、首相官邸・関係省庁のトップが冷静かつ適切な政治判断を下せる環境を作ることではないかと思われます。

 次回は、そのような政治環境作りのために政治任用職が考慮すべきポイントについて考えてみます。